第7話 真実の勇者

 小さいころ、私とアーちゃんは同じ村で育った。

 野山に囲まれたそこでは、生徒が二桁しかいない学校に通いながら、両親を手伝って農業に勤しんだり、川で釣りをしたり、岩を上ったりして日々を過ごしていた。


 ある日、どこかで騎士団と戦闘になったらしい山賊の集団が、私たちの村へとやって来た。

 彼らは傷を負い、飢えていた。

 さして恵まれているわけでもない私たちの村に目をつけたのは、手負いの獣が腐肉ですら貪るのと同じだった。


『カナメ、出てきちゃだめだ。みんなと一緒に、隠れているんだ』


 大人は私たち子どもを家に閉じ込めて、農作業用の道具や猟のための弓矢で武装して出ていった。

 しばらくして、外からは凄惨な悲鳴が聞こえてきた。


 だんだんとその音が近づいてきていると、子供だった私たちも分かっていた。

 一番の年長だったから、私がこの子たちを守らなきゃいけないと思っていた。

 なのに、私はただ震えることしかできないでいた。


 やがてドアが開けられ、私はアーちゃんを背にかばいながら、入って来た山賊の男を見上げた。

 山賊の男は私たちを見つけると、歯茎をむき出しにして嗤った。

 それからゆっくりと手を伸ばしてきた。


 背にかばっていたアーちゃんが飛び出した。

 その手には、台所にあった、果実を切り分けるためのナイフが握りしめられていた。


 私は自分の視界がスパークするのを見た。


 ◇


「……そうか。騎士になったんだな」


 道端の木箱に腰かける、アーちゃんこと元勇者アース。

 全体的に雰囲気が荒んでいる。記憶にあるアーちゃんはもっと溌溂としていたし、目に輝きがあった。

 もう別人みたいな荒み方だ。あのお姫様みたいな子はどこにいってしまったんだ。


「いやいや、こっちの方がびっくりですよ。アーちゃんが男子だったなんて」

「だからそこじゃないよね? 驚くとしたら、勇者になっていたことだよね?」


 レイ君は眼鏡を指で触りながら、冷や汗を浮かべていた。

 元とはいえ、勇者相手に魔族であることがバレるわけにもいかないか。

 ってこれ、そうじゃない!


「ちょ、ちょっとすみません」

「うおっ!?」


 私はあることに気づいて、慌ててレイ君の手を引いて道の隅っこに向かう。


「きゅ、急にどうしたんだ手なんか掴んで、びっくりした」

「あの、まさかこんな形で勇者と会ってもらうことになるとは思ってなかったんですが……大丈夫ですか?」

「……ああ、なるほど。大丈夫さ、最初に言っただろう? 魔王討伐はむしろこっちがやるべきだったんだ、感謝したいぐらいさ」


 良かった。父親の仇になってしまうわけだけど、レイ君がキレて襲い掛かったりはしなさそうだ。

 私は安心して手を放す。レイ君は不思議そうな表情で、しばらく自分の手を握ったり開いたりしていた。


「どうしました? あ、もしかして魔族の人からしたら人間の身体って汚いものだったり……?」

「あ、ああいや……逆、というか。君よく僕の手を簡単に触れるよね……」


 そんなに不思議なことだろうか。表皮がベタベタしているわけでもあるまいし。

 首をかしげるレイ君と共に、私は待たせてしまっていた元勇者アースの元へ戻る。


「すみません、お待たせしてしまって」

「気にするなよ、俺の時間なんて山ほど余ってるんだから」


 皮肉っぽく唇をつり上げた後に。

 ふっと彼は、優しく、眩しいものを見るかのような表情を浮かべる。


「髪、切ったんだな」

「え? あ、ああ……昔は伸ばしてましたっけ」

「目の色、何か言われたりしてないのか。お前昔、赤いからって……」

「流石に王都ではああいう差別はありませんよ!? アーちゃんといた村は、ちょっと田舎過ぎてアレでしたけど……」


 普通に私以外にも赤目の人っているし。

 まあ、黒髪赤目は珍しいから、ちょっと目立ってるかもしれないけど。


「あっそ。ていうかお前、いつまでアーちゃんって呼んでるんだよ」

「え?」

「女じゃないって分かったんだから、アースでいい。つか、そうしてくれ」

「じゃ、じゃあアース君……?」


 なんか他人行儀だな、とアーちゃん、じゃなかったアース君は肩をすくめる。


「ま、仲良くしてくれなくていいけどな。俺は落ちぶれた元勇者で、そっちは現役ピカピカの騎士サマだ。仲良くする方が無理だろ」

「…………」


 そ、そうだ。勇者アースはめっちゃ性格が悪いとかなんかそういう理由で、魔王討伐の実績がありながらも公職から追放されたんだ。


「お前が騎士になるなんて……いや、意外ではねーか。あの後、お前が騎士団に回収されたってのは知っていたが、まさかそのまま騎士に仕立てられていたとは驚きだよ。さぞ原石に見えたんだろう」

「……?」


 話が分からない様子で、レイ君が首を傾げる。


「そう、ですね。私はあの後、王都で教育を受けて、騎士になりました」

「フン……そして史上最年少の天才近衛騎士になったわけだ」

「訓練校に入る前に騎士の人から色々教えてもらってましたし、別に天才じゃ……って知ってたんですか!?」

「勇者やってると聞きたくもねーニュースをたくさん聞かされるからよ。馬車一杯の花でも贈ってやった方が良かったか?」


 うわあ。アース君、めちゃくちゃ口が悪くなっている。

 これが原因で断罪されたわけじゃないよね。


「……色々と聞きたいこととか、積もる話もあるみたいだけど。今日、僕たちが来た理由は一つだ」


 仕切りなおすようにして、レイ君が口を開く。

 私も便乗して頷いた。


「そうですね。何やらかして追放されたんですか」

「ああ。元勇者アース、君がなぜ……うおおおおおおい!? 違うよね!? なんでマフィアの用心棒なんかやってるかだよね!?」

「こいつ、自分の興味関心に正直すぎるだろ」


 レイ君だけでなく、アース君まで私に呆れたような目を向けてくる。

 な、なんて失礼な人たちだ。


「いやいや、そこは同じじゃないですか! 用心棒やってるのは追放されたからでしょ? 原因の原因を聞いてるだけですよ!」

『────!』


 二人は同時に「た、確かに……」みたいな顔になった。

 私のことを完全に舐め切っている。


「で、えーっと、アース君って何したんですか?」

「知らないの!?」

「知らねえのかよ!?」


 同時に叫ばないでほしい、耳が痛い。

 呆然とするアース君の前で、レイ君が気まずそうに彼の罪状を読み上げる。


「少なくとも、僕が調べた限りでは……彼はパーティメンバーの一人、荷物持ちを担当していた少年を追放した上で魔王城へと突入し魔王を討伐。その際に成果を独り占めするべく、他のメンバーを皆殺しにしたと記録されている」


 えええええっ!? め、めっちゃ悪いことしてるじゃん!?


「ほ、本当に……?」

「……俺はその罪に問われ、自分で認めた。そうあるんだろ? なら、その記録がすべてだ」


 アース君は顔を逸らして、木箱から立ち上がった。


「まあとにかく今日は帰れよ、面倒だからさあ」


 その背中を眺めながら、レイ君が小声で尋ねてくる。


(確かに、何かありそうだが……どう思う、カナメ。話してくれる気はなさそうだし、そもそもそれを明らかにしたところで、僕たちに課せられた任務が解決するかどうかは……)

(でも、放ってはおけません)


 彼に何があったのか、気にならないわけじゃない。

 でもそれ以上に……変わってしまったアース君が、今のまま、マフィアの用心棒のままであってほしくない。


「アース君、待ってください。話は終わっていません」

「……終わりだよ、話すことなんかねえ」

「何か言いたくないことがあるんですよね。いっつもそうでしたから」

「関係ないだろ。お前に話すことなんて何も────」


 その時だった。

 私たち三人は言葉を切って、同時に顔を横へと向ける。


「仕事は順調か? アース」


 アース君が立ち塞がっていた、スラムの奥へとつながる道。

 そこに、ゴロツキを引きつれた、恰幅のいい男性が佇んでいた。






◇◇◇

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