第6話 幼馴染との再会
王都の繁華街から馬車で少し進むと、薄暗いスラム街が姿を現す。
現国王の隔離政策によって、内外をつなぐルートに街灯はなく、どれも薄暗い道になっていた。
「基本的に、スラム内で徒党を組んでいる集団は外来者に対する警戒が厳しい。だけど外から来たかどうかを検問のように監視しているわけではなく、視察任務の際は変装することで割と簡単に入れる……ということで、本来ならばスラムと外を行き来する人々に紛れて中へ入り込むはずだったんだけど」
レイ君はスラム街について予習していた内容を話し、半眼になって私を見る。
「君が制服での突入を強行するものだから、そういう計画は全てパーだ。どうするつもりなんだ」
「決まってるじゃないですか、正面突破です」
わたしは真っすぐに伸びる道を指さした。
ゴミが落ちていたり、舗装されていなかったりするが、それでも道は道だ。進めない道理はない。
「それでいいのかい?」
「任せてください、どんな場所でもまっすぐ歩くのは得意です」
「何の自慢なんだ……?」
首を傾げるレイ君の隣で、私はすたすたと歩き始める。
「わっちょっ本当に行くのかい!?」
「ほら行きますよ」
手で招くと、顔を引きつらせていたレイ君が恐る恐るついてくる。
こういうのはビビったら負けなのだ。
「……しかし、よく容赦なく入っていくね。もしかして以前にも来たことが?」
「いえ、初めてです」
「よく迷いなく進めるね!?」
地図は頭に入れている。
見慣れない環境ではあるが、進むべき先は分かっている。要するには危険域の中で更なる危険域に進んでいけばいいのだ。
「え……ちょっと待ってくれよ、カナメ。どんどん進んでいくけど、これいいのかい?」
「いいんですよ」
顔を青くするレイ君に、即座に頷く。
私たちは騎士団であり、その権限を持ったうえで来ているのだ。何を怯える必要がある。
そうして進んでいくと、無人だったスラム街に、だんだんとゴロツキたちの影が目立ち始めた。
「はあ!? 騎士団!?」
「こんにちは」
私たちを認識したゴロツキの驚きの声に、私は笑顔で答える。
どちらかといえば驚かないで欲しいんだけどね。
驚かれると、やましいことがあるのかと思ってしまう。
「え~っと……僕たちが進んで行ってもいい場所かな? この先って」
レイ君が遠慮がちにゴロツキの男へと問いかける。
男たちは顔を見合わせた後に、心底嫌そうな表情を浮かべた。
「馬鹿かお前ら」
「何の用かは知らねーが騎士なんか立入禁止に決まってるだろ。帰ってくださーい」
煙草の煙をくゆらせながら、男がしっしっと私たちを追い払おうとする。
当然ながら歓迎ムードはゼロだ。
「ちょ、ちょっとカナメ……やっぱりこれ、駄目な感じじゃない?」
「騎士団が入ってはいけない、と言われる場所の存在そのものがグレーですよ」
「それはそうかもしれないけどさあ!」
悲鳴を上げるレイ君を引きずってずんずんと進む。
男たちはこちらを睨みながらも、立ち塞がったりはしてこない。
「あれ、誰も強引に止めてきませんね」
「騎士サマに俺らが腕っぷしで敵うわけねーし」
通り過ぎざまに、男がタバコを地面に捨てる。
靴底で吸殻を踏みつぶして、彼は皮肉気な笑みを浮かべた。
「あーあ、知らね~ぞ。この先は……」
「拾ってください」
私は足を止めて、男性をじっと見つめた。
「あ?」
「地面にごみを捨てないでください」
路上警邏の基本は、住民を怯えさせずに、優しく接することだ。
笑みを浮かべて私は彼の足元を指さす。
「いや……お前何言ってんだ、ここは」
「王都です。ここは王都の一区画です、路上にごみを捨ててはいけません」
「あのなあ、世間知らずの嬢ちゃん」
ぐいと男性が顔を寄せてきた。
「ここにはここのルールがあんだよ。それが守れねえのは、土足で入ってくるようなもんだ。ルールを守れって言いたいのはこっちだぜ」
「あなたたちの言うそれはルールではありません。言い訳をする前に拾ってくれますか」
「テメェ」
顔をカッと赤くして、男が腕を振りかぶった。
唸りをつけた拳を、半身になって避ける。
相手は一般市民、反撃をすることはあり得ない。
「この……!」
「やめとけ」
その時、路地の空気を鋭い声が引き裂いた。
私と、間に割って入ろうとしていたレイ君、ゴロツキの皆さんが動きを止める。
「騎士相手に敵うはずがない、って自分で言ってただろーが。キレるのはいいけど、自分が言ったことまで忘れてんじゃねえよ」
「う……」
路地の奥から静かに歩いてきた人影を見て、ゴロツキたちは蜘蛛の子を散らすように慌てて去っていく。
私に殴り掛かって来た男性も、タバコを拾うことはないまま逃げていく。
「あっちょっと──まったく」
いなくなってしまったものは仕方がない。
私は吸殻を拾い上げると、ポケットに入れている布袋へ放り込んだ。
「悪かったな、騎士さん。あいつら頭ワリィんだ」
「……いえ、自分たちで守っているルールがあり、それに従えという指摘は、論理だっている面もあります。今回ばかりは認められないものでしたが」
「ルールを守ってるって言うのかねえアレは。ルールを定めないってルール、とかなんじゃないの?」
皮肉っぽく笑う男性は、くすんだ金髪をガシガシとかき、気だるそうにしていた。
その背には随分と使い込まれた、大きな剣があった。
質は悪そうだ。でも、その剣を使い込んでいるということ自体が異常事態だ。普通はこうなる前に折れる。剣をどう振るえば適切に切れるか、負荷がかからないか、そのあたりを分かってないといけない。
「残念ながら通行止めだ。一見さんお断りなんでね……次は友達と一緒に来てくれよな」
つまりはこの人、恐らく相当に腕の立つ人だ。
雰囲気から察知したのだろう、レイ君も視線を鋭くしている。
「まさか、彼が……!」
彼が、私たちのターゲットである用心棒の人なんだろう。
こちらが動かないのを見て、向こうの顔つきが変わる。
「……なるほど。こいつはもしかして、釣られちゃったか?」
「あえて派手な動きをすることで、直接目標を釣り上げるつもりだったのか……!」
二人が納得した様子で語る。
場の空気が先ほどまでと比べて、一気に冷たくなった。恐らく用心棒の人が、警戒の度合いを引き上げたからだろう。
そんな中で私は思わず、満面の笑みを浮かべてレイ君に振り向く。
「え、めっちゃラッキーじゃないですか!? 見てください! ターゲットの方から来てくれましたよ!」
「「…………」」
レイ君と用心棒の人は同時に凄く微妙な表情を浮かべた。
何だ。何だよ。言いたいことがあるのなら言えよ。
「まあとにかく、帰ってもらうぞ」
用心棒の人が、背負った大剣の柄に手を伸ばす。
おっと、それは良くないな。私も腰に差した剣へ微かに意識を向ける。
「抜いたら、こちらも応戦しますよ」
「満足するまでは付き合ってやるさ」
そう言った、直後のことだった。
今まで険しく細められていた彼の目が、一気に見開かれる。
「──あれ。いや、待て。待ってくれ。お前まさか」
用心棒の人は柄から手を放して、震える指でこちらを指す。
「どうしました?」
「お前──カナメ!? カナメだろ……!?」
急に名前を呼ばれて、眉根を寄せる。
何故私の名前を知っているんだ。
「覚えてないか!? 一緒の村で育ったじゃないか……!」
「えーっと。一緒に育った子、と言われると一人しかいないんですけど。でも女の子でしたし」
「女の子ォォォォッ!?」
絶叫した後、彼は警戒も何もない状態で大股に進んできた。
「岩登りでお前に置いてかれてばっかだった! でも魚釣りは俺の方が断然上だった! アーちゃんって呼んでただろ、俺のこと! アースだよ、アース!」
「…………え、本気で言ってます?」
自分の声が上ずっているのが聞こえた。
いやいや、いやいやいや、そんな。
「え、あ、え……? アース、で、腕が立って、外見的特徴は、完全一致じゃないけど……まさか!! 勇者アースなのか!? 勇者アースがマフィアの用心棒で、カナメの幼馴染……!?」
隣のレイ君も驚愕に凍り付いている。
だが混乱の度合いで言えば、間違いなく私が一番上だ。
「じょ、女子だと思っていた幼馴染が男子だったなんて……」
「「そっちじゃないだろォッ!?」」
アーちゃんこと、私を見つめるアース……君? の瞳の中で。
私は顔をバッキバキに引きつらせ、言葉を失っているのだった。
◇◇◇
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