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 水川が、目を覚ました。手首に違和感を覚えた。紐でぐるぐる巻きにされているのがわかった。

 田上が、目を覚ました水川に気づいた。

「なんだ。薬の量を間違えたみたいだ」

「ねえ、なんで、こんなことするの?」

「それは、僕たちが永遠に幸せになるためさ」

「永遠の幸せってどういうこと?」

「二人で一緒にあの世に行くことだよ」

「何を言っているの?」

「箱には限界があるのだよ。この世には不条理が多すぎる。箱はその不条理を全て変えられるほどの力はないんだ」

「それと、死ぬことどういう関係があるの?」

「死ねば永遠になれる。そう箱が言っている。僕ら天国で幸せになれるんだ」

「死ねば元も子もないじゃないの」

「それは、間違いだよ。佐藤と木本みたいに幸せになろう。彼らは今頃、天国で幸せになっているはずだ」

「ねえ、そんなことしなくても十分幸せでしょ?いいからやめて」

「いや、君はわかっていない。僕たちはそのうち関係が壊れてしまうかもしれない。僕の両親や君の両親みたいに。そして、あらゆるカップルみたいに。だから、一番幸せの時にあの世に行けば永遠のままさ。そう箱がいっている」

「そんなの、間違っている。ねえ、今なら引き返せる」

「わかってないな。箱のいうことは正しい」

 水川は尻ポケットにスイスアーミーナイフを持っていることを思い出した。縛られた手で、尻ポケットにあるスイスアーミーナイフを取り出し、ナイフで紐を切り始めた。

「わかったわ。確かにあなたのいう通りよ。この世は不条理だらけよ。あなたに言われて私も目が覚めた。一緒に死のう」

「やっとわかってくれたか。由香だったら分かってくれると思っていたよ」

「ねえ、最後にキスをして」

 水川はナイフで紐を切り終えた。

「うん、わかった」と田上がいうと水川にキスをして舌を入れて来た。すると、水川は、田上の舌を噛み切って、右手に持ったスイスアーミーナイフを田上の首筋に刺した。

 田上が口から血を流しながら倒れた。

 水川は、ベッドから起き上がって、走ろうとした。しかし、足がいう事が効かない。恐らく、薬のせいだろう。床に倒れ込んだ。

 水川は両腕をつかって匍匐前進の形になってどうにか田上から逃れようと部屋を出ようとする。

 すると田上が起き上がった。田上が首に刺さったスイスアーミーナイフを抜くと血が、傷口から噴き出し、床と壁紙が真っ赤に染まった。そして、田上は左手で傷口を押さえる、匍匐前進する水川のふくらはぎにスイスアーミーナイフを刺した。

 水川は痛さのあまり悲鳴を上げた。

 水川は、仰向けの姿勢になった。田上は口と左の首から血を流していた。右手にはスイスアーミーナイフを持っていた。

 水川は、両手で田上の顔を押さえて親指を田上の両目に押し込んだ。田上は口から血を吐き、叫びながら倒れた。倒れた拍子にスイスアーミーナイフを落とした。

 水川はスイスアーミーナイフを手に取ると、匍匐前進しながら倒れた田上に向かい、彼のお腹にスイスアーミーナイフを何度も刺した。ブロック肉を切る時の感触に似ていた。

 気づくと、水川の手は血がべっとりとついていて、視線を田上の体に移すと、細かい刺し傷が、数十箇所あり、腸が一部飛び出していた。

 水川は、田上の首筋に指を当てて脈を取る。脈は無くなっていた。

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