39
13時。今日は珍しく朝から雨が降っていた。そのおかげで少し涼しかった。
「由香、本当に大丈夫なのか?アイツらで」と田上は言った。
「仕方ないでしょ。他に方法がある?」と水川は返した。
田上が水川から見せてもらったシンレイ研究会なるYouTubeチャンネルの動画を見ると、どれも胡散臭かった。
霧島という色白の前髪を切り揃えて、まるで日本人形のような髪型をした20代の中頃の女が、幽霊に取り憑かれた視聴者を除霊するものだった。
どの動画も密着取材でじっくり除霊するのが、彼女のスタイルのようだ。
「密着されるのは、やっぱり嫌だよ」
「仕方ないでしょ。それが彼女たちのスタイルなのだから。それに、霊感がある人が二人も死んだのよ。除霊なんて引き受けてくれる人なんていないわよ」
「確かに」
すると呼び鈴が鳴った。
田上と水川は、玄関に向かいドアを開けた。
一人の女と二人の男が立っていた。
「こんにちは、私はシンレイ研究会の霧島とです」と霧島が元気に言った。動画よりも若くみえ、想像していたより背が低かった。右の耳に大きな銀色の三角形のイヤリングをしていて、パンナムのロゴがプリントされているTシャツを着ていて、下はゆったりとしたデニムを履いていた。
右隣にいる大きなダッフルバッグを右手に持って白いカラーのないシャツを着て、銀縁の長方形のメガネをかけた若い男が口を開いた。「私はスタッフの藤本と言います。よろしくお願いします」
霧島の左にいる180センチはある巨漢でレッドソックスのTシャツを着た男が口を開いた。「私は、スタッフの竹内という者です。よろしくお願いします」
「私が田上です。こちらこそよろしくお願いします。」
「私は水川です。よろしくお願いいします。さあ、入ってください」
「お邪魔します」と霧島が言うと3人が部屋に入ってきた。
「箱はどこです?」と突然、霧島が言った。
「今、持っていきますねと」と言うと田上は4・5畳の部屋にビニール袋に包んでいた箱を取り出し、ダイニングルームに向かいダイニングテーブルの上に置いた。
「これが、例の箱ですか。触ってもいいですか?」
「はい、もちろん」
霧島は箱の外側を触り、観察するかのように見てそれから箱の中身を開けた。
「ああ、これは。ものすごい物ですね」と霧島は珍しそうに箱を眺めた。「箱と箱の中身を写真で撮っていいですか?」
「ええ、もちろん」
霧島はiPhoneをポケットから取り出して、箱の外観と、箱の中身を撮った。
「今から専門家に送りますね」
「専門家といいますと?」
「金原という有能な言語学者です。この呪文が何かを突き止めればすぐに解決できるはずです」
「そうですか。ちなみになんですが、霧島さんは箱を怖がっていませんが大丈夫なのですか?」と水川が言った。
確かに、過去の二人はどちらも箱を見た瞬間からに異常なまでに怯えていた。田上は、もしかして彼女はものすごい能力者なのではないかと思った。
「確かに怖いです。しかし、もっと恐ろしい物に触れてきたので大丈夫です」
「そうですか」
「ちなみに、田上さん。体調は大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です」
「そうですか、田上さんの後ろにものすごく黒いものが見えます。正直なところを申しますと、水川さん。あなたにも危険が及ぶ可能性があります」
「本当ですか?」
「はい、なので除霊期間中は、別のところで暮らすことをお勧めします。どこか友人や家族の元へ行ってください」
「でも、そんなに除霊に時間がかかるのですか?」
「はい、今回の場合だと下手をすれば3日はかかるかもしれません」
「そんなにかかるのですか?」と水川は驚いた表情をしていった。
「由香、その方が良い。少し実家に帰ったらどうだ?」
「でも」
「今までの事を考えるとその方がいいよ。多分除霊も危険だから」
しばらく、水川は考え込んだ表情をした。それから「わかった。そうする」と言った。
水川が荷物をまとめて実家に帰った。
田上は寂しかったが、彼女に危険が迫るのであれば話は別だ。
シンレイ研究会の3人は、家の部屋中に小さな暗視カメラを取り付けた。
3人にダイニングルームを提供することにした。狭いが我慢してもらうしかない。ダイニングテーブルに、外付けの42インチのモニターが2台、MacBookとSurfaceがそれぞれ一台ずつ置かれた。藤本と竹内がカメラテスト行った。無事に画面にカメラの映像が映った。
「それでは、インタビューを撮りたいと思います。よろしいですか?」と竹内が言った。
「はい」
「緊張しないでください。ちゃんとモザイクはかけますから」と霧島が笑顔で言った。
「はい、緊張しているように見えますか?」
「はい、とても表情が固く見えます」
「すみません」
「いいですよ。インタビューなんて、なかなか受ける機会なんてないですから。気楽に答えてください。あとは編集でどうでもなりますから」と藤本が明るく言った。
「わかりました」
インタビューはダイニングルームのダイニングテーブルの椅子に座って行われた。
Canonの一眼レフカメラの前で、霧島からインタビューを受けた。
田上はこれまでの事を話した。親友の死から始まり、ライバル、霊能者の死などを明確に。まるで、テレビで犯人の知り合いがインタビューを受け答えする映像みたいだった。
インタビューが終わったのは2時間後だった。
田上はとても疲れたが、霧島は慣れているのか疲れた表情は一切出さずに淡々とインタビューをしていた。
「はい、カット」と竹内が言った。
「お疲れ様です」と霧島。
「あとは、一回目の除霊の儀式ですね」
「いったい、何回するのですか?」
「それは、わかりません。一回で済む場合もありますが、田上さんの場合はとても強いのが憑いているので」
「その、前にもの言われたのですが、僕に憑いているはなんですか?森田さんに、幽霊でも悪霊でも悪魔でもないといわれました。神主は、ただ激怒して出ていけと言われました。そんなに悪いモノが憑いているのですか?」
「それは、私にもわかりません。ただ、得体の知れないモノが憑いているとだけしか言えません。本当にレアなケースだと思います。私も初めてなモノなので怖いくらいです。おそらく、周りの霊媒師たちも驚くのも無理はないと思います」
「そうですか」
「では、始めましょう」と言うと、4人はリビングへ向かった。
リビングのローテーブルをどかして、田上と霧島は向かい合わせに座った。真ん中には箱が置いてあった。そして、藤本と竹内は、田上と霧島がカメラの画角に入る場所にカメラをセットした。
「それでは、除霊をします。どうか緊張なさらずリラックスしてください」
「はい」と田上は言ったものの、緊張していた。とてもリラックスできる状態ではない。
すると、霧島はダッフルバッグから、透明の葡萄の粒ほどの大きさの、粒の大きい球の数珠を右手に巻き付けて手を合わせた。
「準備はいいですか?」
「はい」
「少し、痛むかもしれませんが私がついています。その時は我慢せずに言ってくださいね。どうにかするので」
「痛いて、痛いのですか?除霊は?」
「ケースバイケースです。田上さんは、儀式中はリラックスしてください」
「はい」と田上は言ったが、除霊中にリラックスなんてできるのだろうかと思った。
そして霧島は目をつぶる。「オン、バンザン、マン、ドゥ、カリ、キナ」と聞きなれない発音で聞いたことのない言葉を唱え始めた。
田上は目をつぶって、呪文を聞いた。霧島が言うように、できるだけ、リラックスするために、これまであった事を考えずに、ただ耳を霧島の呪文に傾けた。
除霊が終わった。
田上が時計を見ると2時間近くお祓いをしていたことになる。すっかり疲れ切っていた。それは、霧島も同じらしくダッフルバッグからキットカットを出して食べた。
「いやだ、暑さでドロドロしている。田上さんもいります?」
「いいえ、結構です。これで、除霊はどうだったのですか?」
「正直、田上さんに憑いているものはとても特殊なものです。正直、まだ、除霊が足りないと思います」
「そうですか」
「でも、安心してください。必ず除霊しますから」
「ありがとうございます」
「いいえ、仕事ですから」
「それでは、何かご飯でも食べにいきましょう。正直お腹が空いて」
そして田上とシンレイ研究会のメンバーは近所にあるサイゼリアに向かった。みんな、3日間食べていなかったのかと思うくらいの量を食べた。
特に一番体格が小さい、霧島がたくさん食べていた。きっとお祓いにかなりの力を消耗したのだろう。一番体格の大きい竹内の2倍は食べていた。
会計は田上の奢りだった。若干イラッとしたが、これで除霊ができるなら安い方だと思った。
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