33
田上と水川は、吉祥寺にある古い5階建てのビルの1階にある個人経営の喫茶店の道に面したガラス窓側のボックス席で待ち合わせをしていた。カバンには箱が入っていた。
田上は緊張していた。もし、この箱が本当に呪いの箱だとしたら、どうすればいいのだろうか?
タイメックスの腕時計を見る。15時ちょうどだ。待ち合わせ時間だ。
「ねえ、少し、遅れるみたい。LINEが入ったよ。電車が遅れているんだって」
「そう、それで、森田さんは本当に見える人なの?」
「本人はそう言っているよ。少し天然だけど明るくていい子よ」
「そうなの。それで、除霊もできるの?」
「うん、昔、部屋に幽霊が出るっていう同級生がいて、彼女の部屋の幽霊を除霊してから幽霊が出なくなったって聞いたよ」
「そうか、じゃあ、きっと安心だね」
「そうだよ。これで安心よ」と水川が笑顔で言った。
田上はその笑顔に癒された。しばらく、呪いの事が頭から離れなくて仕事に集中できないでいた。それに、眠りも浅かった。寝ても寝た気がしなかった。だが、森田に会うことで気が楽になると思うと安心した。
ドアに上部についた鈴が鳴った。
田上がドアの方向を見た。すると、視線の先に、身長は低く、ロングヘアで、目はシュッとした一重で、唇が分厚く赤い口紅をしていて、ワンダイレクションの白いTシャツをきて下は水色のロングスカート、ナイキのエアフォースワンのスニーカーを履いた女性が入ってきた。
「凛ちゃん」と水川が言って席を立ち女性の元へ行った。
すると森田が「由香ちゃん、元気にしていた?」と答えた。
「久しぶりだね。何年ぶり?」
「さあ、3年ぶりくらいかな」
森田が田上の方向を見ると、彼女の表情が変わって真顔になった。
「あの人が彼氏?」
「そうだよ。さあ、座って」と言って、水川が森田の手を取り田上の座っているボックス席へ誘導して二人は座った。
「凛ちゃん、何にする?」
「え、ああ、アイスコーヒーかな」
「すみません」と水川が近くにいたウェイトレスを呼んで、アイスコーヒーを注文した。
田上はあることに気づいた。森田は、ずっと田上の上を見ていることに。
「紹介するね。こちら、大学時代の友人の森田凛ちゃん。それで、彼氏の田上雅人」
「この度は来ていただきありがとうございます」と田上。
「いいえ、こちらこそ、お会いできて嬉しいです」と真顔で森田が言った。
水川も流石に森田の異変に気づいたのだろう。表情が曇り始めた。
「凛ちゃん、どうしたの、急に?」
森田は田上の目を見ながら、「初対面で大変申し訳ないのですが、こんなの初めてです」
「え?どういうことですか?」
「今までいろんなモノを見てきましたが、田上さんのは別格です」
「ねえ、凛ちゃん。もっと詳しく言ってくれるかな?」
「信じられないものが田上さんについています」
「それは、幽霊ですか?」と田上は聞いた。
「違います。幽霊でも悪霊でも悪魔でもありません。もっと違う何かです」
「ねえ、凛ちゃん。除霊が出来たよね?今回もできる?」
「どう、対処していいか全くわかりません。なぜ、あなたにそんなモノが憑いているのか。何か心当たりはありませんか?」
「実は、友人の遺品整理の時に形見にもらった箱がありまして」と田上がいうとカバンから箱を取り出した。そして、箱を開けた。「この呪文のようなものが原因だと思っています」
すると、急に森田の瞳から一筋の涙が流れた。
「そんな呪物を私に見せないで」と小さな声で森田が言った。
「これが、原因なのですね?どうしたらいいのですか?」
「きっと、誰にもコントロールできません。それは、非常に危険です」
「ねえ、凛ちゃん、落ち着いて」
「落ち着いているわよ」と急に声を張り上げた。店内にいる全員がこちらに振り向いた。
「ごめんなさい。声を張り上げたりして」
「それで、除霊はできないの?」
「少なくても私には無理です」
「誰かできる人はいる?」
「きっと、誰も何もできない」
「ねえ、凛ちゃんお願い。形だけでも良いから除霊してみてくれない?うまくいくかもしれないでしょ?」
「無理、無理、無理、無理、無理」と壊れた声が出るおもちゃのように森田は連呼した。
「森田さん。落ち着いて。結局のところ、この箱をどうすればいいですか?」
「箱をどうにかできれば、の話ですが」
「じゃあ、壊してみたら?」
「そんなことはできない。その箱はとてつもなく危険な箱です。そこに書かれている呪文は特に危険です。私はとても怖いです。怖くてたまりません」
森田は明らかに怯えた様子で答えた。
「私、気分が悪くなりました。失礼ですが帰ります」
「ちょっと待ってよ。凛ちゃん」
「だから帰るって言っているでしょ。私は怖くてしかたないの」と静かな声で言った。
森田は立ち上がり、二人に一礼してから逃げるようにして店を出た。
田上はあまりのことに驚いた。それは水川も同じだったようだ。とても驚いた顔をしていた。
「なあ、彼女はいつも、ああなのか?」
「違うは。いつもはとても明るくて良い子よ。あんな彼女を見たのは初めてよ」
「そうか」
田上は怖くなった。そういえば出張査定の時、背中に子供に黒いモノが見えると言われたのを思い出しゾッとした。
森田の怯えようは異常だ。捨てても戻ってくるくらいの箱だ。相当の呪いがかかっているに違いない。
きっと、そんな箱だから森田もあんなに怖がったのだろう。
田上はこの箱をどうするか迷っていた。森田は、『何をしても無駄』だと言っていた。それがもし本当であれば、誰かに譲るか?でも、きっと多摩川に捨てた時のように戻ってくるだろう。『壊しても無駄』とも言っていた。では、どうすればいいのだろうか?
するとウェイトレスが、アイスコーヒーを運んできた。水川が森田のために注文したやつだ。
「ねえ、このコーヒーどうする?」と水川。
「そうだね。勿体無いから僕が飲むよ」と田上がガムシロップとコンデンスミルクを入れてストローで掻き回している時のことだった。
外から「ドン」と低く大きな音が聞こえた。それから女性の悲鳴が聞こえた。
田上は音のする方向を窓ガラス越しに見た。道の真ん中に血まみれの女が倒れていた。よく見るとそれは、水色のスカートを履いていて森田ではないかと思った。
田上は急いで外に出て彼女の元に向かった。
アスファルトは真っ赤に染まっていて。
体の右半分が潰れ、まるで身体の半分が地面に埋まっているようだった。
周りに脳髄、肉片、真っ白な骨の破片が散らばっていた。そして、残った右半分の肉体はピクピクと痙攣していた。
「嘘でしょ」と後ろから水川の声が聞こえた。
「見るな」と田上は水川を抱き締めて、彼女の視界を封じた。
田上はもう一度、森田を見た。相変わらず残った体はピクピクと痙攣していた。
「いったいどうなっているの?」
「わからない」
田上はこの箱は、とてつもない呪いがかかったモノだと確信した。
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