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 19時の新宿の歌舞伎町にあるドトールコーヒーの2階で、田上と水川はボックス席に座り佐藤の後輩である秋元と待ち合わせをしていた。

 田上は水川に対して、「一人で行けるから、来なくて大丈夫」と言ったが、「私も雅人のことを手伝う」と言って付いてきた。

 田上は、心配していた。水川が来ることを相手に伝えていなかったからだ。それに、佐藤と水川とは面識が全くない。そんな、相手を連れてきて会話が成り立つのか疑問だった。

 しかし、客観的な視点は大事だ。水川がいてくれることによって、これ以上の論理の飛躍が止められるかもしれない。

 19時5分。まだ、秋元は来なかった。

「ねえ、遅刻かな?連絡は来てないの?」

「来てない。きっと忙しいのだろう」

「連絡くらいくれればいいのに」

「まあ、誤差の範囲だ」

 田上は職業柄、人を待つのに慣れていた。出張査定の際に時間通りに家に向かうと客が出掛けていていなかった。酷い時は2時間も待たされたことがあった。

 二人はアイスコーヒーを飲みながら待っていると、目測で180センチはあり、鍛えているのか、おそらくマッチョで、ツーブロックの髪型で、日焼けで真っ黒な肌、鼻が大きく、クッキリとした二重瞼の顔をしていて、上はノーネクタイの水色のYシャツに、下は灰色のスラックス、茶色いローファーの革靴を履いて、右手にビジネスカバン、左手首にApple Watchを巻いていて、左手にアイスコーヒーを持った若い男が走って店内に入ってきた。

 田上は、Facebookに載っている顔写真そっくりの男だったので、彼だとひとめで分かった。

 田上は、秋元に向かって手を振った。すると、秋元が気づいてボックス席に近づき座った。

「遅れてすみません。私、秋元といいます」と秋元がいうと、カバンから名刺を出して田上に渡した。

「わたくしは、田上という者です」というと、田上もカバンから名刺入れを出して名刺を渡した。「今日はわざわざ来ていただき、ありがとうございます」

「いえいえ、こちらこそ遅れたにも関わらず、連絡をしなくて申し訳ありませんでした」

「大丈夫です。どうかお気になさらず」

「ありがとうございます。失礼ですがお隣の方は?」と秋元が、水川を見た。

「私は、水川です。彼のパートナーです」

「すみません。事前に言っておくべきでしたね」

「いいえ、大丈夫です。それで、本題ですが、佐藤さんについて聞きたいとか?」

「はい、佐藤とは幼馴染で、今回の件に関して、とてもショックを受けています。それで、真相を知りたくて」

「そうなのですね。僕は佐藤さんにとても可愛がられていました。彼が心中した時はショックで言葉も出ませんでした」

「それでなんですが、メッセージで『いろいろと思うことがある』と書かれていましたが心中する前に何かあったのですか?」

「それが、不思議なのです」

「不思議といいますと?」

「正直、佐藤さんは面倒見の良い先輩で後輩たちから慕われていました。ですが、前から仕事の方は成績が悪くて、よく上司や先輩から怒られていました。しかし、半年くらい前から、急に成績がよくなって幸せそうだったのです。そんな彼が急に心中して不思議に思いました」

「そうなんですね」と田上は、佐藤は仕事ができる人間だと思っていたので驚いた。昔から頭の回転が早く、学校の成績が良く、バンドでも物覚えが良く、田上と違ってミスなどしなかった。きっと、仕事の内容が向いていなかったのだろうと、そう思った。

「それで、ですね。なんといいますか、ここ半年のことなのですが、立て続けに同僚に不幸が重なりまして」

「不幸?それはなんですか」と水川。

 すると、秋元が怯えた様子で語り始めた。

 ことは1月から始まった。佐藤の上司である岡田が職場で脳卒中になり倒れた。そして1週間後に病院で亡くなった。

 それから、2ヶ月後、佐藤の先輩である吉田が駅のホームから飛び降りて自殺した。

 さらに、1ヶ月後、佐藤の同僚の滝川が、趣味の登山で行方不明になり、1ヶ月後に麓付近で死体として発見された。

 そして、2ヶ月後、佐藤の務める会社の社長である渡辺が、闇バイトで雇われた男たちに強盗にあい、腹部を何箇所にもわたって刺されて死亡した。

 他にも、佐藤の同期である山口が階段から落ちて頭部を強打し、病院に運ばれたが死亡した。

 田上は話を聞いて驚いた。自分の周りで起こっていることと類似しているからだ。

「そうだったんですね」と水川。

「他にもあります。取引先の人が4人も亡くなっています。半年で佐藤さんと同棲相手の木本さんを含めると、11人も亡くなっているのです。社内では呪いではないかと、噂話がたち、いちおうお祓いまでしたのですが、不幸が続いて」

「それで、今はどうなのですか?」

「今のところ、何も起きていません。だけど、今度は自分の番じゃないかと思って怖くて」

「仮に呪いだとして、何か心当たりはあるのですか?」

「それが、全くなくて。お祓いに来た寺の坊主も『検討がつかない』と言っていました」

「そうですか、それで、佐藤が亡くなる前に何か異変はありませんでしたか?どんなことでもいいので」

「そうですね。そうだ、そういえば田上さんと話している時に変なことを言っていました」

「変なこと?それはなんですか?」

「『絶対的な幸せを見つけた』と言っていました」

「『絶対的な幸せですか?』なんですそれ?」と水川。

「さあ、わかりません。だけど、人が自殺する前に、そんなことを言うのが不思議でたまりません。もし、仮に、佐藤さんが苦しんでいたとすればわかるのですが、仕事も順調だったし、恋人とも結婚を考えていると言っていました。僕からしたら幸せの絶頂期です。なのに、自殺するなんて」

 田上は、佐藤と木本が結婚を考えているのを初めて知った。前に「結婚しないの?」と聞いた時に「しないよ。結婚した途端に関係が壊れるからね」と言っていたのを思い出した。

「それで、僕は幽霊とか信じないタイプなのですが、呪われているのではないかと思って怖くて」と言って秋元は尻ポケットからお守りを出した。「常にこれを持ち歩くことにしたのです」

 お守りはごく普通のお守りに見えた。布地で紫色をしていた。

「そうだったのですね。それは大変でしたね」

「はい、とにかく怖くて。でも、こんなこと話せる相手がいないので、今日、来たわけです」

「たぶん、大丈夫ですよ。きっと、偶然です。心配しないでください。心配すると、余計に悪い方向に考えが向かいます」と水川は小さな子供をさとすかのように言った。

「そうですよね。呪われているなんて恥ずかしいことを言ってしまった」

「そんなことありませんよ。悪いことが続くと全てが、つながって見えるようになります。それこそ、体調を崩す原因になります。だから、あまり気にしないのが一番です」と水川。

「そうですよね。きっと、僕は疲れているだけかもしれないですね」というと秋元はApple Watchを見た。20時半だった。「すみません。明日も仕事が早いモノで、これくらいでよろしいですか?」

「はい、十分です。今日は来ていただき、ありがとうございました」と田上がいうと、まるで逃げるかのように秋元は去っていった。

「なあ、由香、どう思う?」

「気持ち悪い話だけど、きっと偶然よ」

「そうか?俺には全てつながっているように聞こえた」

「雅人、大丈夫?呪いなんてないよ」

「そうだよな。でも、佐藤との共通点が多い」

「じゃあ、なんで、急にあなたの周りで不幸が続くの?」

「それは、わからない」

「とりあえず、今日はせっかく新宿に出てきた事だし、何か美味しいモノでも食べて帰りましょう」

「そうだね。そうしよう」

「テレビで見たのだけど、近くに焼き鳥が美味しいお店があるらしい。食べに行こうよ」

 そして、田上と水川はドトールコーヒーを出て、歩いて5分のところにある焼鳥屋へ向かった。

 焼鳥はとても美味しかったが、食べている間中、佐藤の身の回りに起きたことと、自分の身の回りに起きたことを考えた。仮に呪いだとして、共通点はなんだ?具体的な共通点が見つかれば、問題の解決になるかもしれない。だが、水川が言ったように偶然だとしたら自然に収まるだろう。

 とりあえず、何も考えずに焼き鳥を食べることに集中した。

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