28

 父の葬式は、実家がある藤沢市の葬儀場で行われた。

 喪主は母がつとめた。

 今は火葬中だ。懐石料理を食べている。

 父は交流関係が広かったらしく、葬儀には、親戚はもちろん、友人や元会社の同僚や、所属していた草野球のメンバーが参列した。

 こんなに父の交友関係が広いとは思ってもみなかった。普段家に居るときは常に愛想がなく威圧的だった。きっと、父には自分の知らない側面が沢山あったのだ、と田上は思った。

 母は憔悴しきっていた。無理もない。長年連れ添った旦那が死んだのだ。しかも、最初に発見したのが母だった。

 母は普段なら家にいたが、その日は友人たちとカラオケに出かけていた。

「もし、私がカラオケに行っていなければ、ガス漏れに気づいていたかもしれない」と家で独り言を言っていたのを思い出した。

 ガス漏れの原因は、長年使っていたガスホースの劣化によるものだった。小さく開いた穴からガスが少しずつ漏れ出し、最終的には2階で昼寝をしていた父がガスを吸って息絶えた。

 iPhoneが鳴った。水川だ。『大丈夫?』とメッセージ。田上は『大丈夫』と返信した。

 父とは仲が悪かった。というより関係が最悪だった。父親とも思ったことがなかった。

 田上の実の父親は、彼が3歳の時に交通事故で亡くなっていた。実の父の記憶は全くないが、母が見せてくれた写真を見ると、顔がそっくりだった。

 その後、母は職場で父と出会い再婚した。

 父は、とても嫌な奴だった。無理やり好きでもない野球チームに入れられた。些細なことから大きな事まで、躾と称してヒステリックに騒ぎ立てる。例えば、箸の持ち方が間違っているからはじまり、部屋の掃除ができてない、服装が乱れている、学校の成績が少しでも落ちると激高しよく殴られていたりした。虐待と言っても過言ではない。今でもたまにその時の記憶が夢に出るほどだった。

 田上は父と一緒にいる時が苦痛で仕方なかった。常に気まずい思いをした。

 しまいには6年前に田上が仕事を辞めた時に、大喧嘩になった。いくら辞めた経緯を説明しても理解してもらえずに一方的に怒られた。田上は、キレて「血もつながっていないくせに偉そうな事をいうな」と言ってしまった。それ以来、実家に帰ることもなく、父親の電話番号を着信拒否にして連絡を一切絶った。

 今思うと、我慢しておけば良かったと思う。嫌な父親であっても一応は大学まで進学するまで、問題のある育て方だと思うが、育ててくれたし、もしかすると、あの後に話し合ったら仲良くなれたかもしれない。


 収骨が始まった。骨と化した父の骨を、母親と田上が同時に箸を使って骨を骨壷に入れた。母は泣いていて持つ箸が震えてなかなか骨を掴む事ができなかった。

 次の人の順番になり、母と田上は横にずれた。母が心配になった。葬式中にろくに話していない。話しかけられる雰囲気ではなかった。暗く落ち込んでいるのが、誰どうみても分かるくらいだった。

「母さん。大丈夫かい?」

「うん、なんとか」

「そう、本当に残念だよ」

「うん、そういえば仕事は順調?ご飯は食べているの?」

「大丈夫。仕事はやっと軌道に乗り始めたし、ご飯も毎日ちゃんと食べているよ」

「そう、それは良かった」

「母さん。今回は母さんのせいじゃない。事故だった」

「ありがとう」

 それで会話が終わってしまった。


 田上と母と佳苗と実家に着いたのは18時だった。

 玄関を開けると実家のなんとも例えようのない匂いがした。とても、懐かしい気持ちになった。

「今日は泊まっていく?」と母が言った。

「いや、明日仕事だから帰るよ」

「そうなの、せめて夕飯くらいは食べて帰りなさいよ。お寿司を注文するから」

 田上は迷った。正直すぐに帰りたかった。なぜだか、分からないが家にいるのが嫌だった。だが、きっと母も同じなのだろう。この家で父が死んだのだから。一人でいるのが嫌だったのだろう。本来なら泊まって母が落ち着くまで一緒にいてあげるべきなのだろうが、自分には荷が重すぎる気がして止めた。そして、そんな事で母から逃げ出す自分が嫌が嫌になった。

「わかった。夕飯を食べていくよ」

 リビングに入ると、母親が家の電話で寿司を注文した。

 田上はソファーに腰掛けた。すると、隣に佳苗が座った。

「兄さん、最近どう?」

「最近は仕事が軌道に乗り始めた。それに・・・」と言いかけた時、水川の話をしそうになった。田上は基本的に家族には恋愛話をしたくない。なぜだか異常に恥ずかしいからだ。

「それに、何かあったの?」

「いや、別に」

「もしかして、彼女でもできたの?」と佳苗は言った。彼女はこういう時だけ嗅覚が鋭くなる。

「まあ、できたよ」

「え?嘘?本当!良かったじゃない。それで相手はどんな人?」

「とてもいい子だよ」

「写真とかないの?」

「あるけど見せない」

「いいじゃないの、見せてよ」とどんどん声が大きくなってうるさいので、仕方なく田上はiPhoneを出して写真アプリを起動して水川の写真を表示して見せた。

「うそ?すごく綺麗な人じゃない。どこで知り合ったの?」

「マッチングアプリだよ」

「え、マジでマッチングアプリなんかで、こんな綺麗な人と出会えたんだ。ラッキーだね。お兄ちゃん」

「いいから、iPhoneを返せ」と佳苗が持っている田上のiPhoneを奪った。

「恋人とはうまくいっているの?」

「まあね。今は同棲をしている」

「え、同棲をしているの。嘘でしょ」

「本当だ」

「なんだか信じられない。お兄ちゃんが同棲なんて」

「うるさいな。お前こそ、最近はどうだ?仕事とか恋愛とか」

「どちらも、うまくいっていない。仕事は部署が変わって忙しいし、恋人とは先月別れた」

「そうだったのか、大変だったな」

「それにしても、元気そうでよかった」と佳苗は笑みを浮かべながら言った。

「まあ、いつまでこの運も持つか分からないけどな」

「ねえ、さっきからなんの話をしているの?」と母が会話に入ってきた。

「お母さん、お兄ちゃんに最近、彼女ができたって。しかも、同棲をしているんだって」

「そうなの?同棲までしているの。なんで何も言ってくれなかったの?結婚するのかい?」

「結婚?まだ分からないよ。付き合って1ヶ月くらいしか経っていないから」

「出会って1ヶ月で同棲をしているのか?そうなの、今度一緒に遊びに来なさいよ。美味しいものを作ってあげるから」

「うん、そのうちね」田上はおそらくこの家に水川を連れてくることはないだろうと思った。母は探索好きで、あれこれ聞いてきてうるさいからだ。もし、連れてくるとしたら結婚する時くらいだろう。まだ付き合って日が浅い。だが、本心をいえば結婚したいと考えていた。


 寿司は電話してから30分で着いた。

 寿司を食べ終わると、20時になっていた。

 佳苗は実家に泊まることにした。

 田上が家を出て歩いてJRの藤沢駅に着いたのが21時だった。湘南新宿ラインで、新宿まで行って、新宿駅で乗り換えて中央線で日野駅に帰ることにした。

 湘南新宿ラインは空いていて簡単に座れた。

 久しぶりに、母と佳苗と二人だけで直接会うことができた。最後にあったのは3年前の誕生日に、新宿でご飯を奢ってもらった以来だ。

 二人とも落ち込んではいたが、元気そうで良かった。

 田上は、父が死んでからずっと考えていたことがあった。それは、自分の周りで人が死んでいるからだ。

 佐藤と木本から初まって、菅、杉浦、そして父親が1ヶ月もしないうちに亡くなった。何かがおかしい。こんなに周りで人が立て続けに死ぬだろうか?立て続けに死ぬとしたらどのくらいの確率なのだろうか?もしかして呪われているのではないかと本気で考え始めた。

 死んだ人には何か共通点があるはずだ。少し考えるとそれは、佐藤と木本を除いて、田上が心のどこかで恨んでいた人物だ。

 でも、なぜだ?考えれば考えるほど謎は深まるばかりだった。

 なんともいえない気持ち悪さが田上の心に纏わりついていた。

 もしかしたら、何か共通点があるのかもしれない、と思い家に帰ったら独自で調べてみようと思った。なぜ、調べようかと思ったのか分からないが、考えすぎだとわかっているが、このままだと、また死者が出る気がしたからだ。と同時に自分はなんて馬鹿馬鹿しい考えに取り憑かれているのだろうと思った。たまたま偶然が重なっただけだ。統計学的なことは知識が無いが、恐らく相当な確率で周りの人間が死んでいる。だが、一旦考え始めると何か全てが繋がっている様に感じた。

 狂った考えだと分かっているが、確かめたくて仕方なかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る