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田上芳雄は昼寝をしていた。彼は、定年退職してからの習慣だった。
芳雄は、派遣会社の総務の仕事を長年していたが、去年無事に定年退職して、今は退職金と貯金と年金で生活をしている。
朝5時に起床して、ウォーキングを1時間、朝食を食べてからフィットネスジムへ行き水泳をして、お昼に帰ってから昼ごはんを食べて昼寝をするのが一日のルーティンだった。
芳雄は体を鍛えるのが大好きだった。それは、彼はスポーツが大好きだからだ。小学校の頃から野球チームに入り、中学、高校、大学まで野球部に所属していた。社会人になってからも草野球をやり、ゴルフをした。今でも、土日にはシニア野球に所属していて、野球をやり、昔の同僚とゴルフをして過ごしていた。
田上芳雄のモットーは「健康な体には健康な精神が宿る」だった。
それに引き換え、息子の雅人ときたら、堕落したどうしようもない男にしか芳雄には思えなかった。
息子と言っても、血のつながりはない。妻の連れ子だ。幼少期に野球チームに入れればすぐに辞めて、仕事も途中でリストラされて再就職する事なく、今は古物商をしている。とても、根性のないやつだと思っている。きっと、実父の遺伝だろう。
最後に会ったのは6年前のお正月のことだった。雅人が帰ってきた時に、雅人が仕事を辞めたことに対して芳雄は彼に怒った。「お前は我慢をする事を知らないのか?」と、すると雅人は「血もつながっていないくせに父親面するんじゃない」と言い返してきて喧嘩になった。
芳雄はショックだった。なんだかんだ、雅人に対して大きな不満があったが、実の息子のように育てきたからだ。
それからというもの、雅人は家に来なくなった。妻と妹には時々連絡をしているみたいだが、芳雄にとって雅人はどうでもいい存在になった。それは、雅人も同じ考えだろう。もし、彼が許しを請いにきても許さないつもりでいた。もう、6年も謝りに来ていない。これは不義理だからだ。不義理は許さない。
芳雄は息苦しさを感じて、目を覚ました。頭ももうろうとしている。寝起きのそれとは訳が違う。身体中が痺れ、動かない。
脳梗塞かもしれないと一瞬思った。半月に1回は人間ドックに通っているのに、そんなはずはない。いつも、コレステロール値は正常だ。
食にも気をつかっている。妻にはいつも、厚生労働省が推奨するガイドラインに沿って食事を作るように、うるさく言っていた。なのに、脳梗塞などあり得ない。
しばらくすると異変に気づいた。それは、ガスの臭いだと一発でわかった。
ガス漏れだ。
芳雄は、窓を開けようと体を動かそうとするが、動かない。
息ができなくて苦しい。まるで、溺れているみたいだ。肺に水が流れ込んだ時のそれ似ているが、それとも違う。肺の中にまるで針が自由自在に動き回り無差別に刺している様だった。苦しかった。
肺に入り込んだガスは、肺の中で暴れ回り内部の血管を破壊していく感覚を覚えた。今まで感じたことのない激痛が肺の内部から芳雄を襲った。
苦しさが最高潮に達した時に芳雄は気を失いかけた。どうにか、頑張って腕を動かそうとする。すると、右腕が微かに動いた。
もしかすると、助かるかもしれない。
芳雄は力一杯身体中に力を集中した。すると右手が、徐々に動く様になった。右手だけを使い匍匐前進の形で動きベッドから落ちた。それから窓ガラス方向へと向かう。窓ガラスまで2メートル近くある。その2メートルは、とてつもなく長い距離に感じた。まるで、100メートルはありそうだ。
右手を使い、まるでカタツムリが歩いているかのようにゆっくりとガラス窓に向かう。
あと、窓ガラスまで30センチの所で芳雄は、足を何かに引っ張られた。驚いて振り返ろうとするが、そんな力もなかった。そして急に意識が飛んだ。
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