23

 15時。部屋は冷房で涼しかった。田上はそれまで冷房をつけない生活を送っていたため、寒く感じた。

 田上と水川はコール・オブ・デューティーをオンラインで遊んでいた。水川はFPSのゲームが好きではなかったが、田上がプレイしているのを見て興味を持ち始めたところハマってしまった。

 今日の今の所の売り上げは、フリマサイトに出した佐藤が残した安いファミコンの箱なしのソフトの10個セットが1万円で、古物市場にて4千円で仕入れたケイトスペードのバッグが1万円、5千円で仕入れた新品のアディダスの黒いサンバのスニーカーが1万9千円で売れた。とても順調だ。

 郵便局が閉まる17時前の16時30分までに他の商品が売れるのを待っていた。

「ああ、死んじゃった」と水川が悔しそうに言った。

「あ、俺も死んだ」と田上は後ろからライフルで撃たれて死んだ。

「何だか疲れてきちゃった」

「そうだね。ゲームにも飽きたし」

「ねえ」と水川は言って瞳を閉じて唇を尖らした。

 田上は水川にキスをした。

「由香、まだ、昼間だよ」

「関係ないよ」と水川は抱き締めてきた。

 田上はTシャツを脱ぎ水川のTシャツを脱がすと、水川は下着姿になった。グレーのスポーツブラをしていた。

 突然iPhoneが鳴った。着信音から電話だと田上はわかった。

「ちょっと待って。仕事かも」

「うん、待ってあげる」と無邪気な声で水川が言った。

 iPhoneの画面に表示されている名前は広川だった。一瞬、誰だ?と田上は思ったがすぐに思い出した。前に所属していた会社の同僚だ。何で急にしかも、このタイミングで電話がかかってくるのだ?

「誰から?」と水川。

「前の会社の同僚からだよ」

「何で出ないの?」

「わからない」それは、田上が昔いた会社の事を思い出したからだった。あの会社には嫌な記憶しかない。そんな、会社の同期から電話がかかってきて動揺した。

 広川は自体は良い奴だったので、とりあえず田上は電話に出ることにした。

「もしもし」

「もしもし、田上さんですか?」

「はい、広川さんですよね?」

「はい、覚えていてくれたのですね」

「それはもちろん。同期ですから。それで突然どうしたのですか?何かあったのですか?」

「ニュースを見ていないのですか?」

 そう言われてみると、今日はテレビでゲームをして過ごしていたのでニュースは見ていなかった。

「それが、実は、上司の杉浦って覚えていますか?」

「はい、覚えていますよ」忘れられるわけがない。典型的なパワハラ上司だった。

 杉浦は常に、ヒステリックに怒っていた。そして気に入らない者がいれば、ネチネチと嫌がらせをしてきたのだ。イジメと言っても過言ではない。

 杉浦のせいで何人も職場を去っていた。

 常に、イジメの対象を見つけては、嫌がらせをし、繰り返していた。

 なぜ、そんな上司が問題にならずに左遷、降格、退職にならなかったかというと、彼は上司に気にいられていたからだ。常に上司に対してはゴマを擦りご機嫌取りをしていた。

 田上から言わせれば、杉浦もクソなら、その上司もクソだ。

 杉浦から田上はターゲットにされたこともあった。かなりキツイ体験だった。毎日、ミスもしていないのに適当な理由をつけては、みんなの前で叱責されて、ミスをすれば更に怒鳴り散らす。それが嫌で、嫌でしかたなかった。そんな生活を7年近く送った。

 杉浦の行為は、田上にも深い傷跡を残した。思い出すだけでも嫌な気分になった。時々、杉浦の夢を見る事があった。夢を見ている間、生きた心地がしなかった。とても辛い経験だった。あの体験のせいでPTSDになっているのかもしれない。

 杉浦のせいで仕事をすることがトラウマになって転職を諦めたと言っても過言ではない。きっと、被害者の会を作れば相当な人数が集まるに違いない。いっそのこと会社と杉浦にたいして集団訴訟を起こせば良かったと思った。

「それで、杉浦がどうした?クビにでもなったのですか?」

「それが、もっとひどい事になった」

「なんです。酷いことって?」

「昨日、帰宅途中に通り魔にあって殺された。しかも、かなり特殊な殺され方で」

 田上は言葉を失った。なんて言ってよいのかわからなかった。

「それで、いま犯人を探しているところらしい。もしかすると、君のところにも来るかもしれない」

「そうですか」確かに、杉浦のせいで人生を狂わされた人を沢山見てきた。今まで殺されなかったのが不思議なくらいだ。

「一応、連絡しようと思ってね。そういえば元気かい?」

「まあ、元気です」

「そうか。今度、一緒に食事でもしよう」

「そうですね。そうしましょう」

「いま、会社が大変な事になっているからもう切るよ」

「わかりました」と田上がいうと電話が切れた。

 田上は机に向かい椅子に座りMacBookを起動して、Chromeを立ち上げた。

 Chromeの検索バーに、「杉浦」、「通り魔」と打って検索した。するとニュースサイトが出てきてクリックした。

 見出しに、「三鷹市で通り魔発バラバラ死体」と見出しに載っていた。

 記事を読むと、23時に帰宅中の杉浦岳(40)会社員が、帰宅中に何者かに斧と思われる凶器で襲われ両手、両足が切断された状態で発見され死亡した。付近を通りかかった住民が発見して通報。死因は、両腕、両足切断による出血死。警察は通り魔、怨恨の線で捜査すると書かれていた。記事の右端に今日の日付と時間が書かれていた。

 恐らくだが、怨恨の線だろうと思った。通り魔でこんな大それた事をするとは思えないし、敵も多い。

「ねえ、急にどうしたの?」と水川。

「また、知り合いが死んだよ」

「え?本当に?」

「ああ、元上司がね」

「かわいそうに、親しい人だったの?」

「いや、親しくはなかった。典型的なパワハラ上司だった」

「そうなの」というと、水川はどう言葉をかけていいのか分からない様子だった。

 田上は、複雑な心境だった。いくら、酷いパワハラを受けて恨んでいても、死んでしまった。しかも、残虐な殺されかたをしてしまったとなれば話は別だ。

 菅、杉浦と恨んでいた人が短期間に2人も亡くなっている。一瞬呪いかもしれないと思った。仮に呪いだとしたら最初に呪われるのは、田上であるはずだ。だが、田上はむしろ逆で幸せだ。きっと、考えすぎだろう。特に杉浦は敵が多い。きっと、彼に人生を狂わされた人の犯行であることは容易に想像がついた。

 今頃、刑事たちが、杉浦の交友関係を調べているに違いない。彼に恨みを持っている人間のリストの多さに悩んでいるに違いない。

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