21
外は37度に達していた。時計は13時30分を指していた。
田上は灰色のスターウォーズのTシャツを着ていたが、汗をかいている部分が濃い灰色に変色していた。替えのTシャツを持ってくるべきだったと後悔した。
何度もタオルで拭いたが汗は一向に止まる気配はなかった。
昨日はあまり眠れなかった。菅のことが原因だろう。
暑さと寝不足で頭がくらくらした。途中でスーパーカップのチョコレート味のアイスと2リットルのアクエリアスを買って、食べて飲んで体の温度を下げた。どうにかなりそうだ。
今日は出張査定で、日野駅から歩いて15分の家にある民家にお邪魔することになった。引っ越しのため、家具を引き取って欲しいとの事だ。どうせ、古い家具だろうが、売れるものは取りに行く。
家に着いたのは13時55分。5分早く着いてしまったが、遅れるよりはマシだろう。路上の脇に軽トラックを停めた。ショルダーバッグを肩にかけて外に出る。蒸し暑くて一瞬倒れそうになった。
家は目測で築30年は経っていそうだ。木造の2階建である。どんな、掘り出し物があるか楽しみだ。
門にある呼び鈴を鳴らした。するとスピーカー越しに「はい」と応えがかえってきた。
「すみません。出張査定の者ですが」
「玄関は鍵がかかっていないのでご自由にお入りください」と応えた。
「それでは失礼します」というと田上はドアを開けて中に入った。
玄関でスニーカーを脱いで中に入り、リビングに行く。すると部屋中が段ボール箱で埋め尽くされていた。
キッチンに30代後半の女性がソファーに座りテレビでワイドショーを見ていた。女性は田上に築いてソファーから立ち上がった。
「出張査定の人ですね?」
「はい、こんにちは出張査定の田上と申します」というと田上は名刺を出して女性に渡した。
「それでは、早速査定を始めたいと思うのですがよろしいですか?」
「はい、お願いします」
上の階から子供が走っている音や声が聞こえた。
田上はiPadをカバンから取り出してから査定を行った。
キッチンボード、食器棚、ダイニングテーブル、革製のソファーなどだ。全部合わせると1万8千円になった。
「そんなに安いんですか?」
「すみません。キッチンボードと、革製のソファーは高く売れるのですが、食器棚とダイイニングテーブルはだいぶ傷んでいるので、この値段になりました」
「そうですか」としばらく考える女性。田上は女性がOKと言うのを分かっていた。引っ越しの時は特にそうだ。もう、引っ越し先に新しい家具を買ってある場合が多いからだ。
今回は、良いものが入りそうだ。特に皮のソファー。ノーブランドだが傷みが少なく高く売れる事だろう。
しばらく考え込む女性。そして口を開いた「わかりました。その値段で」
「はい、ありがとうございます」
「いいえ、助かりました。捨てるのにもお金がかかりますから」
「お役に立ててとても嬉しいです」
田上は一人でソファーを軽トラの荷台に詰めている。もう慣れたが、もう一人助手が必要な気がしてならない。だが、助手を雇えるほどのお金はない。
水川が部屋に舞い込んできて嬉しかった。しかし、彼女は仕事を探しているみたいだが一向に見つかりそうもなかった。その為に出費が増えた。一応、水川の両親から仕送りがあり、家賃の半分を出すことになった。しかし、食費と電気代は増えるばかりだ。それまで、クーラーをつけずに我慢をして、食事も百円ショップのインスタントカレーで過ごしていたのだ。当然、食費は倍になった。
だが、最近は景気が良い。入ってくるお金も増えた。そんなに気にすることではないのではないかと、田上は自分に言い聞かした。もちろん、これがずっと続く保証は全くないが。
ソファーを詰め終わると、あとは食器棚だ。割と小さめなので早く終わると思った。
家に入り、食器棚を持ち上げようとした時に背後から視線を感じた。振り向くとそこには5歳くらいの男の子が立っていた。多分、上で遊んでいた子供だろう。
すると少年が田上を指差した。そして「おじさん。おじさんの後ろに黒いものが見えるよ」と言われた。
田上にはなんのことかわからなかった。無視もできたが、印象が悪い。
「黒いもの?それは一体なにかな?」
「う〜ん、とても怖いもの」と少年がいうと、それを聞いていた母親が走って少年の元に来た。
「健、何を言っているの?今すぐにお兄さんに謝りなさい」
「だって本当だもん」
「この子ったらもう。すみませんね。ビックリさせちゃって。この子は、たまに変なことを言うもので」
「だから本当だもん」
「健、それ以上言ったらママが怒るからね」
田上は何を言われているのか全くわからなかった。気味が悪いとは思ったが。むしろ、母親の剣幕のほうに驚いた。
「奥さん。気にしないでください。気にしていませんから」
「本当にごめんなさいね」
「いえいえ」と田上がしゃがみ込み少年と目を合わせた。「大丈夫だよ。オジサンは気にしていないから」
「そう?でも気をつけたほうがいいよ」
「さあ、あなたは上で遊んでなさい」と母親がいうと少年は二階へと向かった。「本当にすみませんね。あの子ったら悪戯なのかわからないですが、よく訳のわからない事を言うもので」
「奥さん。大丈夫です。私は全然気にしていませんので」
「そうですか。中には気にする人も結構多くて、困っています」
「そうですか。でも、そのうちそんなことも言わなくなりますよ。きっと」
「だと良いですが」
田上は食器棚を持ち上げて軽トラまで運んでいる途中に、さっきは、いったい何だったのだろうか?と考えた。背後に黒くて怖いモノが見えるとは、いったいなんだ?
もしかして幽霊かもしれないな、と田上は思った。だが田上は幽霊など全く信じていない。
幽霊など脳のバグみたいな物だ。ホラー映画などは好きだが、幽霊やスピリチュアル的な物は全く信じなかった。同業者には、験担ぎやスピリチュアル的な事を信じる物が多かった。毎年神社や寺に行き清めてもらう者も多い。それは、恐らく不安定な職種故にそう言った傾向に走る者が多いのだろう。中には実際にある商品手に入れてから霊障に悩まされたと言う話を同業者から聞いたこともあるが、全て勘違いだろう。不安とストレスの表れだ。
だが、急に少年から「怖い者が見える」と言われると、なんだか不安な気持ちになった。しかし、あの年頃の子供は現実と妄想の区別が曖昧だ。特に気にすることはない。
食器棚を軽トラックの荷台に入れた頃にはタイメックスの時計は16時を指していた。これから倉庫に行って、荷下ろして、だいたい17時には家に着く。それから、今日オークションサイト、フリマサイトで売れたものを発送するのを考えると20時には仕事が終わるだろう。
その後、今日は久しぶりにパスタでも作ろうと思った。トマト缶から作る自家製のアラビアータだ。きっと水川も喜んでくれるはずだ。
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