18
水川は、田上の家でSwitchを使いスプラトゥーンをして遊んでいた。
田上の家に転がり込んできて1週間が経つ。
なぜ、田上のことが好きになったのか分からないでいた。顔は普通で、特別カッコいいわけでもないし、趣味は合うが、それだけで好きにはならない。でも、好きで堪らなかった。田上と一緒に居たい、と水川は本気で思っている。
水川は、両親に同棲の話題を切り出したのは田上と出会って3日後の事だった。
きっと、保守的な考え方の両親は反対するはずだと思っていた。だが、両親は「わかった」と軽い感じと返答した。しかも、同棲費用として、家賃の半分と5万円の仕送りをすると約束してくれた。
この展開には驚いた。水川はてっきり、父と母がヒステリックな声を出して、反対するかと思っていたからだ。
水川の両親は若干のコントロールフリークな所があった。小さな時から、無理やり習い事をさせられ、進路は水川の意に反して、学校を決められて、就職先も両親が半分決めたようなものだ。彼女が仕事を辞めた際はヒステリックに怒った。両親の意志と少しでも違う行動をすれば、いつもこうなるので慣れっこだったが。
それにしても収入が不安定な自営業の男と同棲を認めるなんて不思議だ。相手がサラリーマンのように安定した収入の職についていれば問題はなさそうだが。
もしかすると、両親も歳を取って考え方が変わったのかもしれない。
両親はよく「仕事をしないなら、結婚をしろ」と言って何度かお見合いを持ちかけられた事もあった。その度に水川は断った。断る度に両親はヒステリックに怒った。結婚相手も両親が決めることに腹が立っていた。そんなの時代錯誤だ。
きっと、水川が気づかないうちに両親の考えかともアップデートしていたのかもしれない。
そして、同棲を始める際に、田上を両親に紹介することになった。
実家に、田上を呼んで彼が緊張しているのが一発でわかった。
「ねえ、大丈夫かな?」
「分からないけど、何かあったら守ってあげる」
水川は内心、不安で堪らなかった。両親に恋人を合わせるのが初めてだったからだ。彼女に恋人ができると、いつも黙っていた。なぜなら色々と詮索され、ヒステリックに怒るに決まっているからだ。
水川の実家に着くと、母が出迎えてきた「どうも、由香の母です。この度は来ていただきありがとうございます」
「いいえ、こちらこそお招きいただきありがとうございます。私、田上と申します。よろしくお願いします」
そうすると、リビングに行き、ダイニングテーブルの椅子に父親が座っていた。田上を見るなり急に笑顔になり「どうも、由香の父親です。この度はお越しいただきありがとうございます」
「いいえ、こちらこそ、お招き頂き感謝します」
「それでは、今日はいい肉が手に入ったので焼き肉を食べましょう。焼肉は好きですか?」と、父が聞くと、田上は「はい」と即答した。
母がホットプレートをダイニングテーブルに置き、冷蔵庫から肉を出して焼き肉が始まった。
焼肉は、いつもより高い肉を使っていた。味は、高いだけあって美味しかった。
「失礼ですが、田上さん。お仕事は何を?」
「古物商です」と緊張しながら田上が答えた。
「古物商ですか。若いのに独立して立派ですね」
「そんなことありませんよ」
「いいや、私なんて、30年近くサラリーマンをして、楽に仕事をしていますよ。それに引き換え、田上さんは立派だ。自分で道を切り開いているのですから」
「ありがとうございます」
「田上さん。これからも由香をよろしくお願いします」
「はい、お父さん。任せてください」
父は、田上のことを気に入ったらしく、その後、終電まで一緒にビールを飲んだ。
田上も驚いていたが、一番驚いていたのは水川だった。
父が、あんなことを言うなんて。普段は終始仏頂面で威圧的な雰囲気を醸し出していたが、今日はなぜだか明るく振る舞っていた。もしかして演技かもしれないが、あんな父を見たのは初めてだった。
父の事だから、ネチネチとしょうもない小言を言ってくるに違いないと思っていたからだ。
それにしても、展開が早すぎる。水川は一目惚れなどしたことがなかった。それに、同棲など一度も考えたことがなかった。確かに実家で暮らしは面倒だ。特に家事手伝いは。
毎日のように母親から小言を言われ、肩身が狭いからだ。
なぜ田上にあんなに惹かれるのか?
なぜ、出会って数日で同棲を決めたのか?
水川は頭の中で何度考えても分からなかった。もし、無理やり考えを捻り出すとしたら、きっと、自分の中で焦っていた部分があったのだろう。同級生は仕事が忙しい。それに、周囲で結婚ラッシュが続いている。結婚には興味はなかった。だがきっと、自覚していないだけで焦っているのだろう。
いろいろと自問自答しても仕方がない。今は、田上と一緒にいることが幸せだ。今、幸せならそれでいい、と水川は思った。
これまで、こんなに人を好きになったのは、いつぶりだろうか?
初めて恋人ができた16歳の時以来かもしれない。その元恋人とは大学の時に、彼が浮気したことが発覚してから別れることになった。それ以来、恋人が出来ても真剣には付き合わなかった。好きになればなるほど、別れる時か辛い。
そんなことを考えながらスプラトゥーンをやっていると、急に「パチン」という低くて大きな音が部屋の奥から聞こえた。
水川は驚いた。いったんゲーム機を止めて、音が聞こえた方向へ行った。そこには棚があるだけだった。棚が、軋んだ音だろうと思った。すると視界に箱が入った。
赤、青、黄色のガラスで装飾されているモザイク柄の五角形の箱。中身を開けてみる。中には、謎の象形文字のような記号のような。何かの嫌がらせだろうか?
田上はこれが幸運の箱だと言っていたが、水川にはそうは思わなかった。とても薄気味悪いと。
水川はiPhoneを取り出し、翻訳アプリを起動した。もしかすると自分が知らないだけで、何かの言語かもしれないと。iPhoneはこの内部にかざしカメラで画面を凝視する。すると、「該当する言語はありません」と中央に表示された。
きっと、誰かが悪戯で掘った模様か何かだろうと、水川は思った。それにしても趣味の悪い悪戯だ。
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