16

 田上は珍しく朝から冷房をかけていた。隣に水川が寝ているからだ。

 今日も、今まで不眠症に悩まされていたことが不思議だったみたいに気持ちの良い寝起きだった。


 新大久保から田上の住んでいる日野市のへ水川と共に直行した。そして、二人きりになった時に、長い間、抱きしめ合いキスをしてからセックスをした。コンドームは8年前に買って棚に入れていた物を使った。耐久年数は大丈夫か確認したが箱には後2年使えると書いてあった。

 田上は久しぶりのセックスで、やり方を完璧に忘れていた。それは、水川も同じらしく、二人で思い出しながらお互いの身体を愛撫した。

 久しぶりのセックスでとても幸せな気分になった。

 なにせ、8年ぶりのセックスが好きな人とできるなんて、幸せだった。

 今、田上の隣にいる水川は寝ていた。寝顔がとても可愛い。

 すると、水川の持っているiPhoneのアラームが鳴って、彼女は起きた。6時のことだった。眠い顔をしていた。その顔も可愛いと田上は思った。

 目を覚ます水川。田上と目があった。

「おはよう。由香」

「おはよう。雅人」というと田上は水川にキスをした。

「嫌だ。歯も磨いてないのにキスするなんて」

「ごめん。ついキスがしたくなってね」

「そうなの。じゃあ、許す」というと水川はベッドから起き上がった。彼女はパジャマがわりに、田上の持っているAC/DCのTシャツを着ていた。

「朝ごはんは、トーストとコーヒーで良い?」

「うん、ありがとう」

 田上はトーストを2枚トースターに入れて、インスタントコーヒ―を淹れた。

 ダイニングテーブルにトーストとコーヒーカップを置いて二人で朝食を食べた。

「ねえ、今日は仕事?」

「まあね。でも、すぐに終わる仕事さ。なんでだい?」

「雅人と一緒に居たくて」

 田上はとても嬉しかった。こんなに水川が甘えてくる女性とは思ってもみなかった。ギャップに完璧にやられていた。

「うれしいことを言ってくれるね」

「だって本当だもん。ねえ、仕事の邪魔はしないからここに居てもいい?」

「もちろんだよ」

「ありがとう」

「ねえ、部屋を案内してよ」

「うん、ありがとう」というと二人は立ち上がってリビングを出てダイニングルームを抜けて4・5畳の部屋へ向かった。

「この部屋は、主に衣類をしまっている部屋だよ。服に、スニーカー、靴」

「あまりないのね」

「最近は売れていて在庫が少なくなっているんだ」

「そうなんだ」

 もう一つの4・5畳の部屋も案内した。

「ここは機械類が置いてある部屋。おもちゃ、ゲームソフト、レコード、ギターとか楽器を入れているんだ」

「そうなのね。ここも在庫切れ?」

「そうだね。来週、古物市場に行くからその時に沢山仕入れるつもりでいるよ」

「そうなんだ。色々と大変そうだね」

「まあ、そういう時もあるさ。それに、在庫が無いってことは売れている証拠でもあるからね。売れ残って商品が山積みになるよりいいよ」

 二人はリビングに戻った。

「ねえ、この箱は何?」と水川は本棚に置いてある箱を指差した。

「これかい。友達の形見だよ」

「形見?友達に何かあったの?」

「それが、つい最近、心中した」

「そうだったの?かわいそうに」というと水川は田上を抱きしめた。

「ありがとう。なんだか気分が少し楽になったよ」

「ううん。これくらいで楽になるなら、いくらでも抱きしめてあげる」

 それから、しばらく2人は抱きしめあった。

「それにしても、この箱は可愛いね」と言って水川は箱を手にして、開けた。すると水川は驚いた表情をした。「この、箱の中に掘られている呪文みたいのはなんなの?」

「それがさっぱりわからないのだよ。気味が悪いだろう?でも、その箱を手に入れてから商売がうまく行っている気がする。ただの偶然かもしれないけど」

「そうなの?」

「あくまで感だけどね」と田上は最近本気でそう思い始めていた。普段はスピリチュアルなどには懐疑的だが、この箱は幸運のお守りだと思っている。きっと、この箱を通して天国にいる佐藤と木本が見守ってくれているのだと思うようになっていた。

「ねえ、このギターも売り物?」

「いや、それは私物だよ。学生時代にバンドを組んでいた」

「そうだったの。なにか弾いてみてよ」

「え、でも、最近は、たまにしか弾かないからな」

「いいよ。弾くところがみたいの」

「じゃあ、軽いやつを弾くよ」と田上がいうと、ジャズマスターを手に取り、クラッシュの「ステイ・オア・ゴー」、イギーポップの「パッセンジャー」、AC/DCの「バック・インブラック」、ニルヴァーナの「リチウム」の触りだけを弾いた。

「すごい。かっこいいね」

「そんなことないさ。簡単に弾ける曲ばかりだよ」

「私も、弾いてみたい。教えて」と水川が言うので、水川にテレキャスターを渡してクラッシュの「ステイ・オア・ゴー」を教えた。3コードで弾きやすいからだ。

「指が動かないよ」と水川。

「そのうち慣れるよ」と田上。

 すると田上のiPhoneに電話がかかってきた。画面を見ると登録していない番号だった。おそらく仕事の電話だろう。

「由香、多分仕事の電話だから静かにしてくれる?」

「分かった」

 田上が電話に出た。出張査定の依頼の電話だった。今日の12時に家に来てくれとのことだった。在庫が入ってくると安心した。

「由香。これから、出張査定で家を出なくちゃいけない」

「そうなの?」

「部屋にいるかい?それとも帰るかい?」

「部屋で雅人のことを待っているよ」

「そうか、分かった。多分3時間もしない内に帰ってくるから」

「うん、分かった」

 田上はジョイ・ディヴィジョンのTシャツに着替えて家を後にした。

 運がついに回ってきた気がした。それまでギリギリの生活をして恋人も居なかったが、今は、商売が順調だし、恋人もできた。とてもラッキーだ。

 それと、同時にあまりにも上手く行くので逆に怖くなった。もしかしたらこの後、酷い事が起きるのではないかと。

 考えすぎだ。少なくても今は幸せだ。今のうちにこの幸せを楽しまなければ損だ。

 田上は軽トラに乗って出張査定の家に向かった。どんなお宝が眠っているか楽しみで仕方なかった。

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