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 新宿のアルタ前に18時に待ち合わせだが、田上は17時30分についてアルタ前に立っていた。新品のヴィンス・ステンプルズのTシャツと黒いスキニージーンズにスニーカーはアディダスのスタンスミスの出立ちで茶色い革製のショルダーバッグを肩にかけていた。

 18時にアルタから歩いて5分する場所にあるイタリアンレストラン、ニコーラ・ピザに予約まで入れた。この店は、2年前に佐藤と木本と一緒に行った店だった。値段はリーズナブルで味はとても美味しかった。どれも貧乏舌の田上にもわかるくらい一級品の味だった。

 タイメックスの腕時計で時間を確認する。十分前だ。

 田上は緊張していた。8年ぶりのデートだからだ。それに、ネット上で知り合った女性と会うなんて久しぶりだからだ。とてもソワソワしていた。

「田上さんですよね?」と後ろから声をかけられた。振り向くと、そこにはプロフィール写真通りの女性が立っていた。背は高く170センチはある。モカブラウンの色のボブカットで色白でワンピースを着ていてバンズのスニーカーを履いていて、白いハンドバッグを手に持っていた。

「初めまして。ミズです。本名は水川由香と申します。今日はよろしくお願いします」と彼女は軽く会釈した。

「こちらこそ初めまして。田上と申します。今日はよろしくお願いします」

「今日も暑いですね」

「そうですね。蒸し暑いですね。それでは、店に行きますか?」

「はい、そうしましょう」

 ニコーラ・ピザの店内に入るとウェイトレスが来た。予約した者ですと伝えると奥の席に通された。二人ともメニューを取り眺めた。

「何が食べたいですか?」と田上。

「そうですね。まずはサラダを食べたいですね。それから、パスタはカルボナーラとピザはマルゲリータを」

「ここのマルゲリータは、とても美味しいですよ。それと、フライドポテトとカルパッチョはいかがですか?とても美味しいですよ」

「それではそうしましょう」

 田上はウェイトレスを呼んだ。

 田上はウェイトレスに、赤ワインとシーザーサラダ、フライドポテト、カルパッチョ、カルボナーラ、アラビアータ、マルゲリータを注文した。

「今日は来ていただいて、ありがとうございます」と田上。

「いえいえ、誘ったのは私ですから。そういえばそのTシャツ、ヴィンス・ステンプルズのTシャツですよね?聴くのですか?」

「はい、彼の大ファンです。水川さんはヒップホップを聴くのですか?」

「あまり詳しくはないですが、ロックとヒップホップの有名どころは、聴いています」

「そうなのですね。そういえばK-POPが好きなのですよね」

「そうです。日本語の曲はあまり聴かないですが、英語と、韓国語の曲は聴きます。BTSとブラックピンクが好きです」

「ブラックピンクですか。ブラックピンクはたまに聴きますよ」

「そうなのですか、意外。田上さんはてっきりロックとヒップホップにしか興味がないと思っていました」

 ウェイトレスが赤ワインとシーザーサラダを運んできた。

 ワイングラスに赤ワインを注ぐ田上。水川の分も注いで渡した。

「乾杯」と同時に二人がいうとコップをカチンと合わせた。

 ワインを飲む二人。「美味しいワインですね」と水川。

「美味しいですね」

「サラダもとても美味しそう」

「さあ、食べましょう」

 それからは、ご飯を食べながら映画や音楽の話をした。最近のマーベルやスターウォーズの事や海外ドラマに観た映画についてなどだ。田上は「ゴジラvsコング2」の新作の話をしたが、彼女は怪獣には興味がないらしい。ただ、頷いているだけだった。デートで、怪獣の話をするなんてバカだなと、田上は思った。もっと違う話をしなければと急に焦りだした。

「そういえば、田上さんは古物商をしているのですよね?」

「そうですよ。あまり儲かりませんが、なんとかやっています」

「なんだか大変そうな仕事ですね」

「まあ、一人でやらなくちゃいけないことが多いですが、そのぶん上司や同僚が居なくて、周りに気を使わなくて良いので気が楽で良いですよ」

「そうなのですね。私なんて27歳になって未だに家事手伝いです。たまに派遣で単発の仕事をしています」

「そうですか。試しに、うちで働いてみませんか?」

「え、雇ってくれるのですか?」

「冗談です。人を雇えるほど利益が出ていないので」

 すると水川が笑った。「ウケる。一瞬本気にしましたよ」

「すみません。お酒が入っているせいで少し馬鹿な冗談を言ってしまいました」

 田上は少なくてもこれは、ぼったくりではないと感じた。そして、彼女により好意を持った。好きになりかけていた。いや、完璧に好きになっていた。

 ご飯が次々と運ばれてくる。フライドポテト、カルボナーラ、アラビアータ、マルゲリータ。

 「美味しい」と何度も言いながら食べる水川。その光景をみていて田上は幸せな気分になった。

 パスタとピザを食べ終わると、田上はお腹が一杯になっていた。歳のせいだろうか、それとも最近レトルトカレーばかり食べているせいで胃袋が縮んだのだろうか。昔だったら、もう一枚ピザが食べられたはずだ。

 水川を見ると、まだ食べられそうな顔をしていた。

「デザートを頼みますか?」

「はい」

 ウェイトレスを呼んで、ティラミスとコーヒーを注文した。すると、5分としないうちにウェイトレスが、ティラミスとコーヒーを運んできた。

 ティラミスを食べる水川。「美味しい。久しぶりにティラミスを食べました」

「そうなのですね。好きなスイーツはなんですか?」

「最近は、トゥンカロンにはまっています」

「なんですか?それは?」

「韓国のマカロンです。普通のマカロンより大きくて美味しいです」

「そんなスイーツがあったのですね。僕は甘いものは大好きですが、スイーツには疎くて」

「ぜひ、オススメですよ。甘くて食べると幸せになります」

 ティラミスを食べ終わると、コーヒーを飲みながら話をした。

「ところで田上さんは、どこに住んでいるのですか?」

「東京の日野市に住んでいます」

「日野ですか。私は調布に住んでいます。近いですね」

「確かに。でも、調布に住んでいるなんて羨ましいですね」

「そうですか?」

「そうですよ。日野に比べると都会だし、交通の便もいいし」

「だけど、私は実家暮らしですよ」

「実家暮らしなのですね。良いじゃないですか」

「それが、両親がうるさくて出来れば早く家を出たいですけど、なかなか就職先が見つからなくて」

「まあ、焦る気持ちはわかりますが、水川さんはまだ若い。僕なんて来年で四捨五入したら40歳ですよ。それで自営業。就職したくてもできないですよ。そんな僕に比べたら水川さんはまだ、いくらでも就職先が見つかると思いますよ」

「ありがとうございます。田上さんは優しいのですね」

「そうですか?普通のことを言っただけだと思いますけど」

 そして、コーヒーを飲み終わり会計になった。

「私、半分払います」と水川。

「いいですよ。僕が全額払います」

「でも」

「大丈夫です。最近は商売も軌道に乗っていますし、それに年下の人と割り勘なんて恥ずかしいです。もし、僕が廃業しそうになったら奢ってください」と田上は笑った。

「わかりました。でも、廃業しないでくださいね」と水川は返した。

 店を出ると20時だった。

 二人は新宿駅へ向かった。

「じゃあ、私は京王線なのでここで失礼します」

「はい、気をつけて帰ってくださいね」

「今日はありがとうございました。お話ができて楽しかったです。それに久しぶりに美味しいものを食べて幸せでした」

「こちらこそ、楽しかったです。今日は来てくれてありがとうございました」

 水川が歩こうとした瞬間だった。田上の口が自然に開いた。「あの、もしよかったらまた会えませんか?」

「はい、予定が合う時であればいつでも」と言って水川は京王線の駅に向かって歩き出した。

 田上は新宿の東口に出ると、喫煙所に行きバッグからマルボロを取り出して火をつけて吸った。自分が言った「また会えませんか?」という言葉が気持ち悪くて仕方なかった。

 なんで、一回りも若い子にあんなことを言ったのだろう。顔から火がでそうになるくらい恥ずかしかった。きっと、水川にキモいと思われたに違いない。二度と会ってくれないだろう。

 田上はそう思うと酒がもっと必要だと思った。近所にこの前に田淵と一緒に行ったアイリッシュパブがある。そこに行って飲み直そうと思った瞬間、iPhoneの通知が鳴った。

 見ると水川からだった。

『今日はありがとうございました。これからもよろしくお願いします』というメッセージだった。

 田上は、これは美味しい食事をおごってくれるオジサンと思っているのか、それとも、脈があるのか分からなかった。

 どちらにしろ、今日は疲れた。明日も、朝早くから佐藤が残したゲームの動作確認の作業が残っている。田上は、今日は帰ることにした。


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