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 蒸し暑い日が続いている。このままだと干からびそうだと田上は思った。

 今日は古物市場だ。

 田上はここで商品を仕入れている。

 古物市場は入会金3万円、年会費10000円、参加費3000円だ。今日も相変わらず市場が賑わっていた。

 今回は、佐藤と木本の遺品の在庫が大量に残っているため、仕入れなくてもよかったが、掘り出し物があるかもしれないと、思い田上は参加した。

 会場を歩いていると、武田と出会った。彼とは1年の付き合いだ。背が150センチ台と小さく丸坊主にしてまるで子供のようだった。

 武田と出会った時、彼が25歳で、もともとは、営業のサラリーマンをしていた。しかし、仕事に馴染めずに退社した。元々は営業職とサラリーマンも向いていないと感じていた彼は、古物商になる事を選んだ。

 田上と武田が出会ったのは競の最中だった。隣にいたのが彼だった。彼は、急に田上にあれこれ質問してきた。最初はめんどくさいと思いつつ、会話を始めると気があった。そして右も左も分からない彼に頼まれて、田上は古物市場のノウハウを教えた。

 古物市場の暗黙のルールや、どうやったら商品の価値を見抜くか、そして、どうやって情報を仕入れるかだ。

 そのうちに、お互いに友人のようになっていた。たまに、仕事終わりに2人でご飯を食べる事もよくあった。人当たりのいい性格で、誰からも好かれて頭の回転が早く、半年もしたら、ノウハウが分かるようになり、今では田上より彼の方が、儲かっているのではないかと、田上は思っている。

「田上さん。こんにちは」

「武田くん。元気していたかい?」

「まあまあですね。最近、物が全然売れなくて」

「まあ、どこも同じだな」

「田上さんはどうですか?」

「最近、多くの商品が入って捌くのが大変だ」

「そうですか。羨ましい。こっちにも商品を回してくださいよ」

「鉄則その一は?」

「同業者から仕入れないです」

 そう、同業者から仕入れても相場の高い値段で仕入れることになることが多いからだ。もちろん例外もある。全く売れない商品だ。その時は同業者に売るか、あるいは趣味でフリーマーケットしている知り合いに売る事がある。大したお金にはならないが捨てるよりマシだろう。

「なんで、そんなに捌き切れないほど、商品が入って来たのですか?」

「それは」と田上が言いかけた時だった。

「よう、元気しているか」と後ろから声がした。

 声からその人物はすぐにわかった。菅だ。

 菅はまるで蛇のような目をした小太りの50代の男で、いつも偉そうにあれこれと文句をつけてくる。言動も、いつも偉そうで、癖の強い面々が集まった古物商の中でも随分嫌われている。

「まあ、元気にしています」

「そうか、今日の競は楽しみだな」

「はい」

「まあ、お前には負けないが」

 菅はなぜだか、特に田上に対して以上な対抗心を燃やしていた。それはなぜなのか分からないがこちらとしては迷惑だ。競の途中で買う気もないのに値段を吊り上げてくるのだ。できれば関わりたくないが、仕方ない。

「まあ、せいぜい頑張れよ」と言って菅は田上たちのもとを後にした。

「相変わらず、嫌な奴ですね」と武田が言った。

「ああ、相変わらずだな」

「田上さん。何か菅にしたのですか?」

「さあね。身に覚えがない。最初の時から、ああだった」

「そうなのですか。それは大変ですね」

「まあ、気にしないのが一番だ」と田上は言ったが内心は菅に対して怒っている。邪魔な奴だ。邪魔なだけならまだいいが、とても悪意を感じる。何か彼に恨みでもかう事をしただろうか?おそらくは、彼はいじめ体質なのだろう。そういう奴が田上は一番嫌いだった。特に、年下や、弱いものをいじめる奴は特に嫌いだ。なんとかして今日は、菅より良い商品を仕入れる事に専念しよう、と田上は思った。


 田上は一人で会場を一回りしていた。

 家電類に衣類になどをみて一回りしていたが、特に気になるものは見つからなかった。だが、食器のコーナーで、バカラのロンハーン・コンブール・ウォーターグラスペアが売っていた。中古市場価格は5万円だが競は1万円からスタートだった。

 これは掘り出し物だと思った。これを2万で手に入れようと考えた。

 

 競が始まった。次から次へと商品が流れるようにテーブルに並べられては、周りで声を張り上げて値段を提示して、高く提示した者が競り落としていった。

 とても会場は白熱ししすぎるあまりに殺気だっていた。無理もないみんな生活がかかっているのだから。

 田上は、バカラのグラスだけに集中していた。周りはおそらく、あまり価値に気づいていないだろう。今日の古物商の面々を軽く見ると食器に疎い者が多いからだ。そこが狙い目だ。6年間も通うと、話したこともない人でも、その人たちの傾向が不思議と見えてくる。なぜだかわからないが、おそらく慣れだろう。

 競の司会の男が大きな声で言った「バカラのロンハーンウォーターグラスペア。1万から」

「1万5千円」と田上は大声で言った。

 すると、菅が「1万8千円」と叫んだ。

 田上は「2万円」と叫んだ。

 すると菅は「2万5千円」と言った。明らかに妨害してきているのがわかった。

「2万8千円」と田上。

「3万円」と菅が叫んだ。

 司会の男が「3万円。他にいないか?」と声を張り上げた。

 田上は、これ以上出せないと思い諦めることにした。

「では3万円で」というと競は終わった。

 悔しくて堪らない田上。また、菅にやられてしまったかと、悔しくてたまらなかった。

 すると、菅が田上の近くに寄ってきた。

「今日は残念だったね」

 田上は無視をした。

「それだから、競を落とせないのだよ。まあ、次は頑張れよ」と菅がいうとその場を後にした。

 田上の元に武田が近寄ってきた。

「田上さん。残念でしたね」

「ああ」

「それにしても菅は田上さんのことを本当に邪魔してきますよね。みていて腹が立ちます」

「まあ、この前みたいに値段を異常に釣り上げられて、買って損するよりはマシだ」

「確かに」

「田村くんは、今日は何か手に入れたの?」

「冷蔵庫と、自転車部品です。どちらも3倍で売れそうです」

「それはよかった」

「田上さんは何か手に入れたのですか?」

「いや、今日は何も」

「マジですか?」

「マジだよ。だけど、家に在庫が大量に余っているから、それを捌くことにするよ」

「そうですか。なんだか残念ですね」

「まあ、そんな日もあるさ」と田上は言った。

 菅に対して怒り狂っていた。アイツさえいなければ、バカラのグラスが手に入ったのにと。

 いつか見返してやる、と田上は思った。

 

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