葬式から3日後の朝の8時。今日も蒸し暑く、空は曇りだった。

 相変わらず夜は眠ることができずに暑さと眠気で若干気持ち悪かった。

 田上はダイハツの軽トラックで阿佐ヶ谷にある佐藤と木本が住んでいたマンションの前についた。

 すると、佐藤の両親が既にいて、隣にもう一組の初老の男女がいた、木本の両親が立っていた。

 田上は車を出て佐藤の両親に近づいた。

「どうも、今日はお世話になります」と田上は深々と頭を下げた。

 神妙面持ちをして佐藤の父親は「田上くん。こちらは、木本さんのご両親だ」と隣にいた木本の両親がいた。

「お久しぶりです。通夜の時はどうも。木本の父と母です。今日はよろしくお願いします」と木本夫妻は深々と頭を下げた。

 田上は木本の両親が通夜の時よりは元気だった事に安心した。

「それでは、早速始めたいと思います」

 田上は佐藤と木本の両親と共に、佐藤と木本が同棲していた303号室に部屋入った。

 特殊清掃は既にしていたが、部屋を開けた途端に甘酸っぱい腐敗臭が鼻に刺激した。思わず吐きそうになったが、田上は堪えた。それは佐藤と木本の両親も同じらしく、表情が何かを我慢しているようだった。

 まずは、部屋中にあるエアコンで冷房と換気機能をつけた。幾分か臭いが楽になった気がした。

 それから、ダイニングルームを抜けて右側の部屋に入った。部屋の中は6畳で、家具が何もなかった。床にシミと、右側の壁紙に茶色いシミがあった。

「あそこにベッドがあったのだよ。もうベッドは特殊清掃の人に引き取ってもらったが。死体の腐敗が激しくて液状化して、体液がベッドのマットレスを流れて、床にまで到達した」と抑揚のない言葉で佐藤の父親が言った。

 田上はどう反応していいか分からなかった。

 しばらく沈黙が流れた。すると、田上の心情を察したのか佐藤の父親が口を開いた。

「さあ、左にある部屋に行こう。遺品は主にそこにある」

 田上と佐藤の父親が隣の部屋へ行った。寝室に比べて部屋は8畳と広く、右側面の壁には本棚があり、本棚の横には木本が使っていたノードの赤い61鍵盤キーボードにコルグのシンセサイザーのマイクロコルグが置いてあった。本棚にはCDとレコードが混在して入っていた。

 木本の思い出がフラッシュバックする。彼女がキーボードをステージの真ん中で弾いて歌っている姿を。

 田上はよくギターの演奏を間違えたのでよく怒られた事を思い出した。バンドのリハーサルの時は厳しかったが、スタジオを出ると優しかった。

 まだ、佐藤と木本が同棲して初めてこの部屋に田上が来た時のことを思い出した。その時はまるとあまり変わらない家具の配置だった。その日は、佐藤と田上はカレーを作ってくれた。味はまあまあだったが、給料の少なかった田上には2人が作ってくれたカレーが良い栄養補給となった。もう一度あのカレーが食べたくなった。だが、もう食べられないと思うと悲しい気持ちになった。

 左側面の壁には、フェンダーのジャズベースとプレシジョンベースに、リッケンバッカ―の4003のベースが飾ってあった。

 どれも懐かしい。一緒にバンドを組んでいた時に使っていた楽器だ。

 佐藤は当時、冷凍倉庫のバイトをしてやっとの思いで憧れのリッケンバッカーの4003のベースを手に入れた事を思い出した。とても喜んで、それをスタジオに持ってきてメンバーに自慢していた時の笑顔はとても眩しかった。

 佐藤はベースを低めに構えて弾くのが彼のスタイルだった。音はタイトで、若干、歪んでいた。指引きに拘りピックは使わなかった。レッド・ホット・チリペパーズのベースのフリーに憧れていた彼はスラップ演奏を多用していた事を思い出した。

 それからに入った棚、エアジョーダンの1と4と5と6のスニーカーが飾ってあった。

 そういえば、佐藤はエアジョーダンを履いているイメージしかなかった。学生時代に金のない時も靴屋に並んでエアジョーダンを必ず買っていた。

 タンスがあり試しに中を見てみるとファミコン、スーパーファミコン、プレイステーションなどのゲームソフトが大量に出てきた。

 そういえば佐藤はレトロゲームマニアだった。収集家と言っても過言ではない。中には箱ごと入っている物もあった。

 部屋の奥にはソファーとサムスンの42インチのテレビが壁に立てかけてあり、下の棚にはプレイステーション5とXboxと他にも何世代も前のゲーム機が沢山、テレビ棚に収納されていた。さらに奥の机が置いてあった。

「さて、片付けますか」と木本の父親が言った。どことなく冷静な口調だった。きっと冷静にならないとやっていけないのだと、田上は思った。


 作業は淡々と行われた。まず、田上と佐藤と木本の父で家具を1階に停めてあるダイハツの軽トラックの荷台に入れて、田上は倉庫へ向かって倉庫に家具を入れて、を繰り返した。その間に、残った佐藤と木本の両親が遺品を段ボールに入れていた。

 トラックが3往復したところで田上が佐藤の家に戻り遺品を段ボールに入れた。すると、遺品の中からハミルトンのペアウォッチが出てきた。「お父さん。ペアウォッチが出てきました。これは、片身に持っていた方が良いのではないですか」

「確かに。これは、持っていた方がいいかもしれない」と言って、佐藤と木本の両親にペアウォッチを渡した。


 段ボール20個分。中身は、ブランド品のスーツ、衣類、バッグ、スニーカー、サムスンの42インチのテレビ、冷蔵庫、洗濯機、歴代のプレイステーションにその他のゲーム機、ゲームカセット、CDにレコードに楽器。随分の多い仕入れだ。田上は捌き切れるか心配になった。

「査定額ですが、これから事務所で調べるので後日でよろしいですか?」

「査定はいいよ」と佐藤の父親は言った。

「え、でも」

「これは、木本さんとも話したのだが、全て君に譲ことにするよ」

「しかし、そんな訳にはいきません」

「いいだ。気にしなくても。田上くんからはお金は受け取れない。きっと、繁も天国でそう思っているはずだ」

 木本の父親が口を開いた「そう、娘も同じ考えだと思うよ。君とは親しかったのだろ?そんな人からお金なんて受け取れない」

「ですが、本当にいいのですか?」

「うん、それに、腕時計がある。腕時計を見て息子の事を思い出すよ」

 田上は思ってもみなかったことに困惑した。まさか、こんなことがあるなんて。

「まあ、これも何かの縁だ。きっと天国にいる繁と木本さんも、喜んでいるはずさ」

 佐藤と木本の夫婦は、何か重荷が解消されたかのようにしてその場を去っていった。

 田上は複雑な気持ちになった。タダで商品を受け取ったことを。何かバチでも当たりそうな気がした。

 だが、佐藤と木本の両親が決めた事だ。とやかくいうつもりはない。気が引けるがタダで貰う事にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る