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葬式が終わった後、学生時代にたむろしていた新宿にあるアイリッシュ・パブで田上は田淵と一緒に飲んだ。
店内には新旧のメジャーからマイナーのUKロックが流れていた。
田上と田淵はギネスビールを注文し乾杯をした。
「久しぶりだな、元気していたか」
「ああ、毎日退屈だが楽しい日々を送っているよ」と田淵が言った。彼は、筑波の中心地から離れた場所にある大手製薬メーカーの研究室で研究員として勤めていた。
一度彼の家に遊びに行った事があったが、周囲は田んぼでひとけもなく、部屋には大量のレコードとCDに高級オーディオに30インチのスピーカーで音楽を爆音でながして、たまにドラムを叩くらしい。東京の住宅事情を考えると考えられない事だ。そういう意味では、筑波は彼にあった場所なのかもしれない。彼が筑波行きを会社から命じられた時は「なんで筑波なんて田舎に引っ越さなければならないのだよ」と怒っていたのを思い出した。
「まさか、2人が心中するとは。一体、どうなっているのだ?」と田淵。
「そうだな。今でも全く想像できない。そういえば、最後に田上と木本と会ったのはいつだい?」
「3年前かな?家に遊びに来たよ。相変わらず2人でイチャイチャしていたさ。それがなんで心中なんて、お前は頻繁に会っていたのだろ?何か心当たりはないのか?」
「全くない。でも、仕事が常に忙しかったらしい」
「そうか、仕事が影響しているかもなあ。でも、自殺するほど忙しかったのか?しかも、心中なんて」
「さあね。人の考えている事なんてわからないものさ。もしかすると、僕が知らなかっただけで、内心は病んでいたのかもしれない」
「まあ、あり得る事だな」
「そういえば、医者に処方されるくらいの強い睡眠薬で亡くなったらしいが、そんなの手に入れるのはできるのか?」
「さあな、高校生が大麻だって手に入る世の中さ。強い睡眠薬なんて簡単に手に入るだろう」
「確かに」
「もう、その話はやめよう。2人の思い出話をしよう」
「そうだな」
それから田上と田淵は2人の思い出話をした。
ライブ中に佐藤のベースが壊れて音が出なくなってパニックになった事、木本が作詞作曲した曲に納得がいかなかった田淵と喧嘩になり解散の危機になった事、4人でフジロックに行って雨に降られて大変だった事、4人でディズニーランドに行った事、恋人がいない田上と田淵の為にセッティングしてもらった合コンで相手が酷くて気まずい思いをした事、4人でこのアイリッシュパブで酔い潰れて店主に怒られた事。
ふと、田上はカウンターを見た。あの時の店主はいない。確か4年前に体調を悪くして辞めたのを思い出した。10年も経つといろんな事が変わる。
目の前にいる田淵も例外ではない。まさか、彼が就職して仕事も辞めずに一生懸命働いているなんて、当時は想像もできなかっただろう。田淵はドラムが上手かったが、典型的なダメ人間で、学校も練習もよくサボって、来たと思えば酒の臭いを漂わせて現れた。だが今では立派な勤め人だ。
しかも、婚約者もいる。同じ職場で出会ったそうだ。今年の10月の婚約者の誕生日に籍を入れるらしい。
「そういえば、お前、恋人はいるのか?」
「いないさ、恋人なんて今や金持ちの道楽だ」
「そんなに仕事に困っているのか?」
「まあね。古物商だが、実質、やっていることは転売ヤーと変わらない。それに、個人でやっているから、収入も不安定だ。それに何より出会いがない」
「そうか、マッチングアプリとかしてないのか?」
「実はしている」
「なんだ、恋人を探しているじゃないか」
「まあ、探すのはタダだからな。でも、マッチングは今のところは無い」
「まあ、そのうち良い出会いがあるさ。仕事だってそのうちうまく行くだろう」
「そうかな?」
「俺の経験上、恋愛なんて事故みたいなものさ。突然、車に轢かれる。車に轢かれるには外に出なければならない。今のお前はマッチングアプリをやっているわけだろ?そういう意味では外に出ている事になる」
「その例えはどうかと思うが、確かに」
「まあ、気長に待てばいい。それに、恋人ができたて良い事ばかりじゃないからな」
「確かに、言えている」
そろから田淵は終電を逃した為、田上の家で泊まる事になった。
田淵が田上の日野の家に来るのは初めてだった。
「前の部屋も汚かったが、相変わらず汚いな。掃除をしろよ、掃除を」
「分かっているよ。だけど忙しくてね」
2人は、途中で買ったビールとつまみで飲みなおした。なんだか学生時代の時のことを思い出した。
最後の方には酔いが回り同じことを何度も繰り返して話していた。これもまた懐かしい。
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