1週間後。気温が高く雨が降っていた。今日は特に眠ることができずに、途中で何度か寝落ちしそうになった。

 葬儀と告別式が終わって火葬の時間になった。

 棺桶には遺体は入っていなかった。腐敗していたからだ。

 火葬の時に喪服に身を包んだ田上は会場で懐石を食べていた。

 田上は、懐石料理が口に合わなかったが無理して食べた。

 佐藤の親戚一同と勤務先の同僚がいた。

 学生時代の同級生も沢山いて、知っている者もいれば身に覚えもない者もいた。

 大学時代の同級生である藤岡の隣に座った。

 藤岡とは同じ軽音楽サークルで、違うバンドに所属していたが音楽の趣味が合いよく話した人物だ。とても、明るく口から先に生まれたような人物で普段から早口で捲し立てるように話す彼だったが今日はとてもおとなしかった。彼も田上と仲が良かった為、ショックを受けているのだろう。田上が話しかけても当時の面影が少なく、一言くらいで返事をした。前の、彼にこちらが一言話せば、4倍の分量の言葉で返してくるくらいのおしゃべりだった。

 

 昨日に木本の通夜に出席した。

 重々しい空気が流れていた。参列客は多く、中には大学時代の同級生もいた。10年近くもあっていなかったので、すっかり変わった風貌をしていた者もいたが微かに当時の面影が残っていた。親しかった者とも何人か会い、軽く挨拶をした。

 通夜で初めて木本の両親に会った。目元は父親に似ていて、口元と体格は母親に似ていた。

「ご愁傷様です。大学時代に一緒にバンドをしていた田上です」というと、木本の母親が「この度は来ていただきありがとうございます。お噂はかねがね聞いていました。娘と親しくしていただき、ありがとうございました」と言われた。

 木本の父親はというと、空を見つめていてまだ娘の死を受け入れる事ができないのだろう。無言だった。

 事前に田上は田淵と話し合った結果、田淵が佐藤の通夜に行き木本の葬儀に、田上が佐藤の葬儀に出ることとなった。

 田上と佐藤は幼馴染で、幼稚園の入る前からの付き合いだ。もちろん、木本の葬儀にも参列したかったが、佐藤の葬儀を選んだ。

 田上と佐藤は、幼稚園に上がる前から大学まで同じだった。別に、話を合わせたつもりはなかったが、偶然一緒になったのだ。

 二人は何をするのにも同じで、公園で遊んだり、悪戯をしたり、テレビゲームをしたりして遊んだ。田上が中学生の時にロックにハマって、おじいちゃんにエレキギターを買ってもらってバンドに誘った時も、嫌な顔をせずにベースを買ってもらいバンドを組んだ。田上が初めての彼女に振られてこの世の終わりだと思っていた時も、何度も家に来てくれて一緒に酒を飲み交わした。

 いろんな思い出が流れ込んできた。収集がつかなくなるくらいの思い出が。

 まだ、佐藤が死んだ気がしなかった。実感が湧かなかった。おそらく遺体を見ていないせいだろう。

 それにしても急に心中なんて、どうしたのだろうと田上は思った。しかも、遺書が残されていない。全くの謎だ。最後にあった時、それは10月の時の事だった。三人で焼肉を食べにいった時に、二人はとても元気そうだった。強いていえば仕事の愚痴を佐藤が言っていたくらいだ。特に上司にネチネチと色々と言われている事にたいして怒っていたのを思い出した。だが、会社の揉め事で自殺するようには思えなかった。特に、心中するなんて全く考えられなかった。


 懐石料理を食べ終わると田上は、喫煙室へ向かった。喫煙所は会場の裏手にあった。

 田上が、喫煙所に入ると中に既に二人の先客がいた。おそらく佐藤の同僚だろう。

 田上はマルボロに火をつけた。

 先客の二人が何やら話している声が耳に入ってきた。

 20代後半の男がタバコを吸いながら言った。「まさか、佐藤さんが死ぬとは、最近は成績も良くて、元気そうだったのに」

「まあ、人は何を考えているかなんて分からないものさ」40代の男が答えた。

「でも、なんで心中なんてしたのですかね?」そう、田上と木本の死因は睡眠薬の過剰摂取による自殺だった。どこから手に入れたか分からないが医者が処方するくらいの強い睡眠薬だったらしい。

「分からない」

「もしかして、これも呪いの一部かもしれませんよ」と若い男が言った。

「呪いなんてあるわけないじゃないか」

「でも、この8ヶ月の間に、桐谷さんが死んだでしょ。佐々木さんも死んだ。山田さんは階段から落ちて死んだ。今回の件を入れれば11人死んでいる。きっと何かありますよ」

「偶然だよ。ことを荒立てるな」と40代の男は灰皿にタバコを捨てる。「もう、戻ろう。そろそろ火葬が終わる頃だ」というと、二人は喫煙所を後にした。

 田上は、佐藤の周辺でそんな不可思議なことが起きていた事に驚いた。

 確かに、若い男の言う通り8ヶ月で11人も死ぬのは異常だ。

 だが、田上は幽霊やオカルトの類を信じなかった。40代の男が言っていた通り偶然が重なっただけだ。

 佐藤は言っていなかったが、彼が務める鈴木商事は話を聞く限りではブラック会社だった。出張は年に15回はあり、残業も多く、時にはミスで残業代が支払われない時もあったそうだ。きっと、ブラック会社で過労死などよくある事だ、と田上は思った。


 火葬が終わり、収骨が終り葬儀も終わった。

 田上は、佐藤の両親の元へ行った。

 佐藤の父親は180センチと背が高くがっしりしていて、母親は対照的に背が低く細身だった。佐藤の顔は、母親に顔によく似ていて垂れ目が特徴的で、背が高ところは父親に似ていた。父親からはゲームなどでうるさくしていると、よく叱られた事を思い出した。当時は怖かったが、今は年齢を重ねてせいか、前より小さく見えた。それと、息子を亡くしたショックからかあの時の迫力はまるでなかった。

 田上のお母さんは、全体的に縮んで見えた。田上が子供の頃は体格が、ぽっちゃりしていた。いつも元気だった。

 田上が遊びに行くといつも笑顔で出迎えてくれた。毎回クッキーやゼリーなどの手作り菓子を作ってくれた。どれも美味しく、たまにあの時のことを思い出しては、あのお菓子が食べたくなった。特にババロアは絶品だった。あんなに美味しいババロアは後にも先にも食べた事がなかった。

「この度は、ご愁傷様です」と田上は悲しい表情をしながら言った。

「田上くん。今日は来てくれてありがとう」と佐藤の母親が言った。

「きっと、繁も天国で田上くんが葬式に来てくれた事を喜んでいるはずだ」と佐藤の父。

「なんと言っていいかわかりませんが、繁くんとはまるで兄弟のような関係でした。とても、悲しいです」

「そうだね。二人ともとてもよく一緒に居たものね」と母親。

「そういえば、田上くん。君は古物商をやっていると息子から聞いた。今もやっているのかい?」

「はい、やっています。あまり儲かりませんが」

「田上くん。君に頼みがあるのだがいいかな?」

「なんでしょうか?」

「田上くんは遺品整理の仕事もやっているのかい?」

「はい、何度かやったことがあります」田上は過去3回遺品整理の仕事を知り合いのコネで手伝ったことがあった。あまり良い気持ちの仕事ではない。腐敗臭がして、なぜだか、みんな共通して早が異常に汚い。床には、コンビニ弁当の空き容器や、空き缶や、雑誌誌などが散乱して足の踏み場もない状態で、商品になりそうなものは殆どなかった。どちらかというと、ゴミの片づけでお金を貰う形になる。

「田上くんには、是非とも息子と木本さんの遺品整理をして頂きたい」

「僕が遺品整理ですか?」

「そう、遺品整理の業者を探したのだけど、面倒くさくてね。もし、よろしければ田上くんに頼みたいと思う。もちろん、田上くんが嫌なら他の業者に頼むが。繁もきっと、田上くんに遺品整理してもらえるなら喜ぶはずだ」

 田上は迷った。友人の遺品整理などできるだろうか。感傷的になりそうで気が引けた。だが、田上の父親の頼みだ。それに、佐藤と木本の遺品整理をすることで気分が楽になるかもしれない。

「わかりました。やります」

「そうか、きっと、繁も天国で喜んでいるはずだ」

 そういうと、佐藤の父親が泣き始めた。突然のことだったので田上は驚いた。

「ごめん、急に息子のことを思い出してしまって」

「いいえ、大丈夫ですよ。お気にせずに」

 田上は子供がいないので、想像でしかないが、自分の子供が死んだ時の悲しさは、なんとなく想像はできた。それはなんとも形容し難いくらい辛いものだろう。

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