22時。昼間雨が降ったせいもあり、いつもより涼しく感じた。

 田上はMacBookで今日の売り上げをExcelに打ち込んでいた。

 今日売れたのは、コンビニの一番くじで手に入れたセイラームーンのフィギュアが2万円。朝並んで手に入れたナイキの赤い限定品のエアジョーダン5が6万円だ。仕入れ額を考えると利益は4万円になった。1日の売り上げとしては悪くなかった。

 MacBookを閉じて、座椅子に座り込みプレイステーション5を起動してコール・オブ・デューティーをプレイしていた。

 するとiPhoneが鳴った。音色から電話だとわかった。こんな遅くに誰からだろうと思った。

 iPhoneの画面を見ると佐藤恵美と表示してあった。一瞬誰だか分からなかたが、佐藤の母親の名前だと思い出した。

 田上は電話をとった。

「もしもし」

『もしもし』

「田上くんですね」

『はい、佐藤くんのお母さんですね。お久しぶりです。何かあったのですか?」

『それが、今日の昼間に繁が木本さんと一緒に死体で発見されました』

 田上は、一瞬何を言っているのか分からなくなった。これは何かの悪質なジョークかと思った。

「本当ですか?」

『残念ながら』

 しばらく沈黙が流れた。

「お悔やみを申し上げます」

『今は、警察が調査中なので葬式の日程は決まっていません。葬式に来ますか?』

「はい」

『日程が決まり次第連絡しますので』

「お母さん。なんて言っていいか」

『大丈夫です。今のところ。だいぶ楽になりました。お気遣いどうも』と、佐藤の母親が電話を切った。

 田上は実感が湧かなかった。これは何かの夢なのかもしれない。

 冷蔵庫からストロングゼロを取り出し、一口飲んでから、マルボロに火をつけて吸った。

 なぜ、佐藤が死ななきゃならないのだ。しかも、木本まで。ふと、机の横に飾ってあったフェンダー・ジャパンのジャズマスターとテレキャスターが目に入った。

 一緒にバンドを組んでいた時の事を思い出した。よく佐藤と木本に繰り返しダメ出しを食らって、一緒に酒を飲み交わしたのを。

 木本は当時の第一印象はとても気が強かった。斜に構えた性格で、怖かった。

 なので、一緒にバンドを組みたくなかった。しかし、佐藤が木本と一緒に組もうと言われた時は最初に断った。なぜ彼女とバンドを組みたいのだい?と聞くと、「好きだから」と言われた時は、田上は佐藤の事をバカだなと思った。だが、どうしても彼女とバンドを組みたいと言うので仕方なくバンドに入った。その後にドラムの田淵が加わった。

 最初のうちは、いつも彼女から重苦しい雰囲気が伝わってきた。最初にセッションした時に、田上はコードを間違えて弾いた時に、怒鳴られた。田上は萎縮してしまって、その日は何度も間違えては怒られて繰り返した。

 だが、練習が終わった後に居酒屋に行き、酒を飲んでいる時に木本は謝ってきた。「今日はごめん。真剣だったから」と。

 その時に、田上が木本は決して悪い人ではないのだと思った。

 それからは、だいぶ雰囲気も良くなりバンドの練習も捗った。練習が終わると、みんなお金がないので、いつも使っていた練習スタジオから一番近い木本の家に行き、酒をコンビニで買って宅飲みをした。始発を過ぎて昼になるまで飲んでいたこともあった。

 バンドを結成してからしばらくして、佐藤が嬉しそうに田上に言った。「僕と木本が付き合う事になった」と。田上も嬉しくなったのを思い出した。

 バンドの曲は木本が作曲した。彼女は小さな時からピアノを習っていたから、簡単に曲を作る事ができた。田上は彼女の作る曲が難しい時があり、何度も苦労したのを思い出した。

 大学を卒業した時にバンドは解散した。佐藤と木本は阿佐ヶ谷で同棲を始めた。

 田上は当時、荻窪に住んでいて家も近かったことから、よく二人の部屋へ遊びに行った。一緒にお好み焼き、餃子、たこ焼きを作っては食べた。

 田上が、日野市に引っ越してからも、定期的に3人で会い食事をした。近くに住んでいた時に比べると回数は減ったが。

 いつも会うたびに佐藤と木本は学生時代の時のように明るく仲が良かった。田上は二人を見る度に、自分もこんなカップルになりたいと思っていた。なのに、どうして?

 iPhoneが再びなった。田淵からだ。

 田淵は就職して、筑波にある研究所で働いている。電話をするのは久しぶりだ。電話に出た。

『もしもし』

「もしもし、聞いたか?」

『佐藤と木本のことだろ?』

「ああ、そうだ」

『さっき、お母さんから電話があった』

「なあ、いったいどうなっているのだ?自殺か?他殺か?」

『分からない。今、警察が調べていると佐藤のお母さんから聞いた』

「そうか。おい、最後にあった時に何か変なところはなかったか?」

『いや、いつも通り、仲がよかったよ』

「じゃあ、他殺か?」

『さあ、分からない』

「あの二人が自殺するように思えるか?」

『思えない』

「どちらにしろ、最悪な事になった」

『ああ、葬式は来るのかい?』

「行く予定だ」

『じゃあ、その時に会おう』

「そうだな、お互い久しぶりだしな」

『そうだな。おやすみ』というと電話を切った。

 田淵が言っていた通り。自殺するような2人ではなかった。だが、何かの犯罪に巻き込まれるような人でもなかった。

 もう、考えるのをやめよう。どちらにしても悲しい気分になるだけだ、と田上はベッドに横になった。


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