⋯⋯キモイ

東雲三日月

第1話 キモイという言葉の向こうに見えるもの

 これは、まだ私が若かりし頃のお話です。


 彼女(私)の名前は(仮)千紗ちさ


 「キモい!」


 これは、ある日、初対面の彼(今の旦那)である(仮)|勇気(ゆうき)に対して千紗が一言目に言い放った言葉だった。


 (やばい! 変なこと言っちゃった)


 そう思った千紗は、言い放った直後、勇気の目の前から姿を消そうと必死にその場を走り去っていくことになる。


 途中後ろを振り返りそうになったけれど、そのまま振り返ることはせずに、身体が疲れてしまうまで全力疾走をし続けました。


 そもそも勇気とは初対面とはいえ、知り合ったのは携帯で遊べるハムスターを育成するゲームでのこと。


 そのゲームの中で十文字程度の限られた文字数ではあったけれど、会話をすることが可能だったこともあり、勇気とは会話をしていました。


 しかも、二人のどちらかがきちんとお世話をしていればハムスターが死なずに生き続け、会話が出来るシステムだったこともあり、怠け者の千紗が面倒がりお世話をしてなかったのに対し、勇気がお世話を怠らなかったことで会話は続き、その間にメール交換まですることに。


 だから、初対面ではあるものの、ゲーム内での限られた会話数の中でのやり取りではなく、ゲーム以外でも沢山メールで会話をしている仲だったので、最初からお互いのことを多少なりとも知ていました。


「こんにちは」


 だから、千紗は最初待ち合わせ場所で会ったら、初対面の勇気に先ずはそう声を掛けようと脳内でシュミレーションを何度も繰り返していたのはずなのですが……千紗自身が驚く程に、現実は全くシュミレーション通りにはいきませんでした。


 たった一言の発言から思いもよらない展開が繰り広げられ、その時の千紗は赤面し、恥ずかしさと申し訳無さからその場から逃げるように立ち去ることしか思い浮かばず、直ぐさま謝ることもせずに去ってしまったのです。


 (もしかしたら追いかけてきてくれているかもしれない)


 何故かそう期待しながら、疲れて立ち止まった先で振り返ったものの、勇気はそんな千紗を追いかけてくることは無く、気づけば千紗は逃げ去った場所でひとりぼっちになっていました。


 自業自得、こうなったのは千紗自身のせいであるにも関わらず、一人になったとたん急に寂しさが襲ってきたのです。


 「キモイ!」と面と向かって言い放った癖に、その言葉とは裏腹にとても矛盾していまし

た。



 千紗(私)は、幼い頃にいじめられた過去があり、それが原因で自分の心に傷を負ってしまっていた。


 そんな彼女は「キモイ」という言葉に敏感に反応していたので、その言葉の重みを知っている。


 しかし、千紗は初対面の彼に優しく接することが出来なかったのは、中身ではなく見た目を重視してしまったからでしょう。


 千紗は勇気と出会う前は、今で言う東横キッズのような感じの子で、家出を繰り返し、闇金から借金を作ったりと、色々なことがありました。


 けれど、まだ家出していたい気持ちの中、途中警察に保護され実家に帰ることとなり、その後、地元で就職した頃、たまたま見つけた携帯ゲームで勇気と知り合うことになります。


 その時も、懲りてない千紗は家に居たくなくて自分の居場所を探していたので、話をしてくれる勇気を見つけた時は絶対一緒に居たいと思っていました。


 勇気はそんな千紗が抱える過去や感情を理解してくれる存在だったのて、千紗はメールで会話する度に勇気にどんどん心を開き、惹かれていきます。


 だから、会う約束をした時、勇気と会えることが嬉しくて堪らなかったのですが、それなのに、自分から逃げてしまったことで、もう勇気とは会えないんだと思ったらとてもいたたまれなくなり、胸がギューッと苦しくなってしまいました。


 どのくらいその場にいたでしょうか、やらかしたことに凹みながら、恥ずかしい気持ちを堪えながら意をけして千紗は約束の場所に戻ることを決めます。


 当然その場にまだいてくれるとは思っていないかったのですが、戻ってみるとベンチに座っている勇気の姿が目に入りました。


(嘘でしょ……)


 いてくれたことに安堵し、さっきしでかした発言を無かったかのように勇気の隣に座りました。


 こと時、勇気が戻ってきた千紗を見てどう思ったのかは分からないけど、怒ることもせず、目を見て会話をしてくれたので、千紗はその優しさが嬉しかったのを記憶しています。


 その後、千紗と勇気は結婚して、子供も生まれ、もう何年も時が過ぎました。


 あの時、「キモイ!」から始まる最初の出会いがあったからこそ、今こうして二人一緒にいるのだと思うし、あの時の出来事が衝撃過ぎたので、二人の中では消して忘れることの出来ない可笑しくて素敵な思い出になっているのだと思うのですが、でも実際はまだ思い出すだけで申し訳なくて、千紗の心の中では生涯忘れられない黒歴史として君臨しています。


 








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