ささくれと指輪。

あまたろう

本編

「私の地方では、これは『ささくれ』ではなく『さかむけ』と呼ぶんです」


 出会って間もないときに魔法使いがそう言っていたことを思い出す。


 セミロングの銀髪に、常に眠そうな目をたたえたそのあどけない表情は、16歳ぐらいの少女と言われても不思議ではない。

 ……が、本人は「少なくともその3倍以上は生きている」とおっしゃる。魔法使いはわかりにくい。

 そして、その細い指を飾っているのは切り込みが入ってささくれ立っているような変わった形の指輪だ。


 魔法使いとしての腕は超一流だと思う。しかも、彼女はその魔法力を複利的に増大させることができるという。


「他人の場合は指1本につき1.05倍に、自分の場合は指1本につき1.1倍に魔法力が増大するようです」


 ある洞窟で手に入れたという指輪がその効果を生み出しているらしい。

 これを装備してその力を発揮できる者は一握りであり、その効果も装備した者の資質によって変わってくるそうで、この倍率は破格とのことだ。


 だが魔法力を増大させるのにリスクがないわけがない。

 これには地味なリスクを伴うのだ。


「頼むから、使うときは心の準備をさせてほしい」


 極力使ってほしくはないが、必要とあれば使ってもらえば心強いことこの上ない。

 一瞬地味な痛みが襲ってくるので、戦ってる最中に使われるとなんか動きが鈍るのだ。


 味方が患っているささくれ……もとい、さかむけがある指の本数によって装備する者の魔法力が増大する指輪。

 バフアイテムなのか呪いのアイテムなのかというのは賛否両論ある。ちなみに俺は前者寄りの後者だと思っている。


 そして(恐ろしいことに)魔法使いは研究に研究を重ね、さかむけを人為的に発生させる魔法を編み出したのだ。


「基本魔法サカムは私自身か味方のうち誰か1人に1本だけ効果を及ぼすから1.05倍もしくは1.1倍。上位魔法サカムルコは私以外の仲間、このパーティは4人だから私を除く3人に3本ずつの効果を及ぼし、およそ1.55倍」

「さらに上位の魔法があるのか」

「サカマインは私以外の仲間3人に5本ずつの効果を及ぼすのでおよそ2.08倍、最上位魔法サカマズンは私を含む仲間全員に10本ずつの効果を及ぼし、実に11.21倍の効果になる」

「魔法力11倍というのは凄いが、そのほかの倍率は少し見劣りするな」

「複利的に増大するから、数が多ければ多いほど増大率が高くなる」


 ちなみに、指輪によるさかむけの判断は厳しく、皮がめくれすぎたらさかむけではなくただの指の怪我と判断され、魔法力は増大しないらしい。

 絶妙な量の皮をめくれ上がらせる繊細な魔法の扱いが必要なのだそうだ。

 この「絶妙な量の皮がめくれ上がった状態」というのが地味に痛く、戦闘中にやられるとタイミングによっては攻撃を失敗する可能性が出てくるのだ。


「自分以外、という効力の呪文が多いな」

「だって痛いの嫌だから、自分に効果を及ぼす呪文は極力減らして研究した」

「ひどいな」


 こうして、主にサカマインを使った魔法使いの活躍もあり、俺たちはついに魔王の前にたどり着いた。

 魔王が相手であれば魔法使いも観念しているのか、初手でサカマズンを唱える。


「ふははは、甘いわ。サカムキュア!」

「なにっ」


 なんと、サカマズンによって生じたさかむけが治っていく。

 しかも、さかむけ以外の戦いで受けた傷は回復しない。


「儂がなんの対策もしていないと思ったか! これは周りにいる者のさかむけだけを治癒する魔法なのだ!」


 ……魔王恐るべし……!



 しかし、魔法使いの心は折れなかった。



「サカマズン!」

「サカムキュア!」

「サカマズン!」

「サカムキュア!」

「サカマズン!」

「サカムキュア!」


 何回も地味に痛いのは気になるが、サカムキュアを唱えるため魔王の行動がかなり制限されている。

 これはかなりのアドバンテージだった。


「サカム……ぐあああああ」


 ついに魔王を倒した。

 世界に平和が戻ったのだ。


 俺たちは、両の10本残らずさかむけができた手でハイタッチを交わし、その喜びを分かち合った。

 ……最後のサカムキュアは浴びておいた方が良かったと思った。

 

(おわり)

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