第48話 全てを終えたら


 「警察大臣の場合は、侍医が診察してるんだ」


 言いながら、ヴァーツァは、王城1階にある診療室へ入っていく。

 夜間、王宮の離れの改修工事の見回りに出た警察大臣は、翌朝、死体となって発見された。



 「卒中ですよ、ええ、そりゃ、間違いなく」

現れた俺たちに、侍医は太鼓判を押した。

「あの日はひどく寒い日でしたからね。夜間の見回りになんか行くべきではなかったんですよ。この身を張ってでもお止めすべきでした」


 侍医はひどくがっくりきているようだった。


「貴方が責任を感じることはありませんよ、ドクター」


 思わず俺は口にしていた。

 軍にいた頃、自分が気が利かなかったせいで、部下に辛い思いをさせてしまった経験があるので、よくわかる。自分で自分を責めるのは辛いことだ。自分を許さない限り、生きることさえ困難に感じる。そして、自分を許せるのは自分だけだ。


「人には運命というものがあるのです。それに抗える者は誰もいません」


 ドクターの顔に光が差した気がした。少しでも俺は、彼の負担を軽くできたろうか。


「おお! 天使だ! 神が天使を遣わされた」


 いきなり侍医は叫び、俺の手を握ろうとした。

 寸前で、ヴァーツァの大きな手が、侍医のきゃしゃな手を追い払った。


「事件性がなければそれでいいのです。でも、ドクター。貴方が今ここで卒中で死んだら、それは事故でも病気でもありません」


 俺には意味がわからなかったが、明らかに侍医はむっとしている。


「私が今ここで、卒中で死ぬ? 不吉なことをおっしゃいますな、カルダンヌ公。卒中が事故でも病気でもないとしたら、いったい何だっていうんです?」


「殺意ですね」

 言い捨てると、ヴァーツァは俺の手を掴み、診療室を後にした。



 「ったく、なんてこった! どいつもこいつも、シグに色目を使いやがって。君も君だ。垂れ流しているフェロモンを調整できないのか……」


言いながら、自分で口を塞いだ。


「いかん! そういう意味じゃないんだ。君は一つも悪くない。悪いのは俺のシグに手を出そうとするあいつらだ! しかも、内務大臣なんか、死んでるんだぞ! それなのに煩悩のカタマリじゃないか!」


 吐き散らかすヴァーツァは、怒り心頭といった様子だ。


「で、こんな風に亡くなった方々の死因を調べるなんて、貴方は一体、何をなさりたいんですか?」


 先帝の死は、情事の最中の腹上死。

 内務大臣は雷に打たれて。

 警察大臣は卒中。

 どれも、公の発表通りだ。


「作為がないことを知りたかったんだよ。誰かの仕業ではないことを確かめたかったんだ。豪雨や酷暑などの気象の異常は、人の仕業でないことは明らかだ。虫やネズミの大量発生は異常気象の影響だ。いずれも人知の及ぶところではない。だが、先王や要人たちの死は、誰かの意図が働いた可能性があるからね」


「疑っていらしたのですか? ですが、お三方とも、公表された通りの死因でしたね」


「三人とも、年齢が年齢だったからね。ひとつの御代の終わりなんて、そんなものさ。王が年老いれば、臣下も同じように老いていくもの。疑ってなんかいない。ただ、きっちり詰めたかっただけだ。おかげで、疑問点はひとつに絞れた」


 さらりと言うから、驚いた。


「まだ、疑問点が?」

「最後の確認だ」


 そういうとヴァーツァは、すたすたと歩き始めた。

 足を止めた。


「全てを終えたら……」


 彼の言いたいことは瞬時に伝わった。この男はそれしか考えられないのか?

 けど、次々と疑問を潰していくヴァーツァはカッコいいと思った。

 その上、人の気持ちを傷つけないよう、配慮することも覚えた。

 外見が美しいのは最初からだ。


 頬に血がのぼっていくのを感じる。


「わかりました」

小さく頷くと、ぎゅっと手を握られた。




 「そういうわけで、前王や大臣たちの死は、不幸な偶然が重なっただけで、事件性はないということがわかりました」


「ほう」


「当初、私は、彼らの死は貴方の犯行であることを疑いました。動機はわかりません。純粋にハウダニットの解明からです」


 ハウダニットというのは、犯行の手段を追及する手法だ。俺の好きなミステリ作品のテーマであることが多い。

 というか、ヴァーツァもミステリ小説が好きなんだろうか。本を読んでいる姿なんか、見たことがないけど。


 涼しげな顔でヴァーツァは続けた。


「彼らの死もまた私の霊障だと貴方が喝破されたのは、私の霊に罪を着せ、己が所業を隠蔽する為と判断したのです」


「なるほど」


「けれど、全ては自然な死でした。人為的な作為は一切なかった。違う。彼らの死に関しては、隠蔽すべきものは何もない。ならば……単刀直入に伺います。彼らの死を、なぜ私の霊の仕業だと断定されたのですか?」


 ヴァーツァに糾弾された相手……王宮祈祷師は、ゆっくりと顔を上げた。

「加持祈祷で得られた神のお告げだ」


「嘘ですね」


鼻であしらうごとく、ヴァーツァが却下する。さすがに祈祷師はむっとしたようだ。


「嘘だと?」

「正直におっしゃられた方が御身の為です」


 ヴァーツァは窓の外を指さした。

 つられて、俺も外を見る。


 ゾンビたちがぎっしり並んでいた。そのほとんどがミイラ化して、肉は剥げ落ち、口や鼻の場所は暗い穴になっている。


 彼らは、様々な時代の、様々な服を着ていた。いずれも豪華絢爛たる衣装だ。さすがに破れ果て、ボロ切れと化しているものが多いけど。


「王家の御先祖たちが、臣下である貴方を非難しておられます」


 しゃちほこばった口調で、ヴァーツァが言ってのけた。からかっているように聞こえないこともない。


 王城の一角には礼拝堂があり、その地下には、王室の墓所がある。ゾンビたちはそこから、ぞろぞろと列をなし、その列は、ここまで続いている。

 もちろん、ここへ来る前にヴァーツァが召喚したのだ。


「…………」


 あちこちで、ゾンビの列と行き会ってしまった人々の悲鳴が聞こえる。



「アンリ陛下の御下命だ」


 ついに王室祈祷師は白状した。






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