第47話 口寄せ


 「次は、ええと、王城を出てすぐか……」

先を歩いていたヴァーツァが立ち止った。


「ん? シグ、どうかしたか?」

「いいえ。何でもありません」


 恐怖と驚きと喜びと。

 そう、確かに喜びもあった。


 ヴァーツァは、生涯最後の恋と言ってくれた。もし王妃様の言ったことが真実なら、アンリ殿下はヴァーツァの幼馴染であり、長年の愛人だ。その殿下に対して。


 宮殿から続く歩道の脇には、小さな石碑が建てられていた。石碑には、ここが内務大臣が亡くなられた場所だと記されていた。


 「内務大臣は、雷に打たれて亡くなられたんですよね?」


 気を取り直し、尋ねる。いよいよ、ヴァーツァの冤罪を晴らすのだ。彼は王都に祟ったりしていない。


「その通り。おおい、君」

 通りかかった衛兵を、ヴァーツァが呼び止めた。

「ちょっとここへ座ってくれないか? 立ちっぱなしでも構わないが、倒れたりすると大変だから」


 顔に疑問符を浮かべたまま、それでも衛兵は言われたままに、その場にしゃがみ込む。

 わけがわからないのは俺も同じだ。


「彼に何をするんですか?」

「口寄せだよ。ネクロマンサーの技術の一つだ」


あっさりとヴァーツァは答えた。


「口寄せ?」

「死んだ魂を、生きている人の身体に呼び込むのさ」

「危険はないのですか?」


 死霊を生者の身体に? なんだか怖い気がする。

 ヴァーツァは首を横に振った。


「たまに死霊の方で離れていかないことがあるけど、俺ほどの実力者になると、そんなことは、滅多にないよ」

「それは……」


 言いかけた俺の口を、ヴァーツァは素早く封じた。


「君の言いたいことはわかる。大丈夫だ。この兵士に害が及ぶような真似は決してしない。ネクロマンサーの威信にかけて」


 それなら信じてよかろうと思った。


 そして、ヴァーツァも随分と人を思いやることができるようになったと感動した。目下の人間に対しても、きちんと礼儀正しく接することができる。


 ヴァーツァは衛兵に向き直った。


「もっと尻を落として、しっかり座る」

「は、はい」


 両足を前へ投げ出した姿勢で座り込んだ衛兵の前で、ヴァーツァは目を閉じた。紫色の光が消え、静謐な美しさに満たされる。


 まもなく衛兵の顔から表情が消えた。

 続いて、俄かに不信そうな色が現れ、彼は辺りをきょろきょろし始めた。


 ヴァーツァの目が、ぱちりと開いた。紫の瞳は赤味を帯びている。


「クォール内務大臣」

「君か、生きていたのかカルダンヌ公」


 先ほどとは似ても似つかぬ堂々とした態度で、衛兵は答えた。

 内務大臣の霊が乗り移ったのだ。


「戦死は誤報です。幸いにして、私は今しばらくの命を許されました」

「それが幸いであるかは、神のみぞ知る。君の最期が安らかであることを」

「貴方の死は、安らかではなかったのですか?」


 いきなりヴァーツァは確信に迫った。

 薄い笑みが、衛兵の頬に浮かんだ。


「一瞬であった。それはまさしく神の一撃、天からの啓示だったのだよ」


 落雷を言っているのだ。


「なるほど。死は一瞬だったのですね」


 兵士……というか、内務大臣は頷いた。

「老衰の苦しみを味わわずに済んで、儂は幸せだった」


「そんな……。貴方を愛する人には、とんでもない驚きと苦痛であったはずです」


 思わず俺は、口を出してしまった。

 衛兵がこちらに目を向けた。


「優しい男だな、そなたは。よいのだよ。私は家族に疎まれていたから。後添えに迎えた妻は若い男と通じ、前妻との間に生まれた娘たちは家に寄りつかない。昔から儂は、家庭を顧みなかった。自業自得と言えば、それまでだが……」

「奥さまは、きっと後悔されているはず。娘さんたちだって、貴方の死に涙を流されたはずです」

「おお、優しい、優しい男じゃ。そういう人間を儂は求めておった。いや、今からでも遅くはない。そなた、名はなんという?」


ね!」


 突如、ヴァーツァが叫んだ。


 衛兵がばたんと真後ろへ倒れる。立っていたら後頭部を強打しただろう。ヴァーツァの言うとおりだ。危ない所だった。


 倒れた衛兵がもぞもぞと起き上がる。自分の身に何が起きたか全く理解できていないようで、不思議そうな顔をしている。


「ご苦労だった。君、疲れたろう。礼をやろう」


 懐に手をやり、ヴァーツァはいくばくかの金を差し出した。きょとんとしている衛兵をその場に残し、さっさと歩きだす。


 慌てて彼の後を追った。


「な。俺は目下の者にもうまく接することができるようになっただろう?」

 くるりと振り向き、ヴァーツァが言う。

「ほめてくれ」


「偉いです、ヴァーツァ」

「もっと」

「素晴らしい。凄い進歩ですね!」

「うん」


 ヴァーツァは嬉しそうだった。俄かにその顔が険悪になる。


「それにしても、あのじじい、死んでからも煩悩でいっぱいだったな」

「そんなことはありませんよ。家族とうまくいかなかったなんて、かわいそうな人じゃないですか」

「全く君はお人好しの権化というか……あいつはシグ、君を連れて行こうとしたんだぞ。君に横恋慕しやがって。全く、なんてこった!」


 ヴァーツァの言っていることはいまひとつわからなかった。横恋慕? 内務大臣の霊が俺に? ありえない。


「でもまあ、神の一撃というからには、雷に打たれて亡くなったのに間違いはあるまい。内務大臣の死にも作為性はない」


 ぽつんとヴァーツァがつぶやいた。







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