第45話 続きをしよう


 気がついたら、ヴァーツァの腕の中にいた。


「可愛いシグ。俺が君を訪れなかったと思って、そんなにも苦しんでいたなんて」

 例によって、頭頂部にすりすりしてくる。

「違っ、違う、ちがう!」

「違わない。今、君自身がそう言ったばかりだ」


 言ったっけ? 俺、そんな恥ずかしいこと……。


「自分よりアンリの方を優先させたと言って嫉妬するし、一度も自分の家に来てくれないからってスネるし……」

「そんなことしてない!」


 ヴァーツァが悪い。ヴァーツァが振り向いてくれないから。


「なあ、シグ。強情を張るのは止めよう? 人生は短い。こうなったからにはひと時の快楽に身を任せて、だな……」

「どいて!」


 思いっきり突き飛ばした。

 どうしてこんな時に!

 なんでいつもいつも体が先なんだ?

 弾き飛ばされ、ヴァーツァは口を尖らせた。


「だって君は俺を愛しているんだろ?」

「あ、貴方はどうなんです? 僕をからかっているだけなんでしょう?」


 こんな人たらしの餌食になりたくない。男も女も、国王さえもたらしこむような……。

 でもヴァーツァは、島からの帰途、俺が危険でないようにトラドさんをつけてくれた。いや、違う。そんなの、愛なんかじゃない。ただの心配だ、客人に対する気配りに過ぎない。


「あなたはひどい人だ。僕の友人たちに悪夢を見せたり、食欲不振にしたり。彼らは……、」


「彼らがどうしてそんな目に遭ったか、君は考えたか?」

静かな声が割り込んだ。


「は?」

意味が分からない。


「だから、俺がなぜ、大家の孫や王都警備軍の男に祟ったか、だ」

「……祟ったんですか?」

「いやまあ、その。メルルとその眷属を使役して食べ物を汚染したり、眠ってる側で運動会をしたり、可愛いもんだが」


 食べ物を汚染? うげ。なんてことを……。


「なぜ、俺が彼らにそうさせたと思う?」

「……知りません」


 つぶやき、俺は俯いた。

 前にヴァーツァが言っていたことを思い出したからだ。


 まだ島にいた頃。早く王都へ帰らなくちゃと申し出た俺に、戦争の報告書を書くよう、ヴァーツァが言いつけた時だ。

 あの時彼は、俺に関するいろいろを調べたと言っていた。勝手に調べられてむっとしたけど、それになんだかごにょごにょ言っていたので聞き取りづらかったけど、あの時、確かに彼は、ジョアンとシュテファンのことを言っていた。


 ……「君に関することは、大方、調べておいた。貧乏長屋に住んでいることも、大家に可愛がられているのはいいが、その孫がやたら顔を出してくることも……全くけしからんことだ……、ちょくちょく訪れる友人の男がいることも。これはもう、許すことができん」


 こほん。ヴァーツァは咳払いをした。


「嫉妬は愛の証明にはならないか?」

「知りません!」

「君はアンリに嫉妬した」

「……」


言葉に詰まった。真っ赤になって俺は俯いた。


「かわいいやつ」


 再び抱き寄せようとする。しまった。油断した。


「互いの愛も確認できたことだし、さあ、続きをしよう」

「え? ちょっとヴァーツァ! え、え、え?」


 封じ込めている腕の力が抜けたと思ったら、目にもとまらぬ早業でくるんと上着を剥ぎ取られたので驚いた。

 さすがというか、手慣れている。


「邪魔だ」

 間髪入れず、シャツのボタンにとりかかろうとする。

「あの時、ちらっと見えたんだ。君の家に行った時、襟の隙間から、ちらっと。バラ色でとても可愛らしかった。それなのに……。それからずっと俺は欲求不満だ」


 一体何を見たと言うんだ、この男は。俺の服の中に、バラ色の?

 顔が、最上級に赤く染まる。


「それなのに、『いやらしい生霊』はないよな。傷ついたぞ、あの時は」

 焦っているのかボタンがうまく外れず、いきなり引き千切ろうとした。


「ダメ! これは借り物です!」


 お茶会に着ていく服がなくて、シュテファンに借りたのだ。ボタンが千切れたら、何と言い訳したらいいか……。


「そんなん、新しいのを買って返せばいい」

ヴァーツァは平然としている。


「カルダンヌ公!」


 必死で俺は考えた。そうだ。まだ問題が残っている。


「王都人々の、貴方への冤罪は晴れたんですか?」

「だから、ヴァーツ、は? 冤罪?」


 じれったそうにシャツを撫で回している。どこかに開口部がないか探しているようだ。


「王都の霊障は貴方の仕業だという冤罪です」

「ああ、あれね。どうでもいい。俺のやったことじゃないから。今はこっちのが大事」


 勢いよく前立てを引っ張ろうとする。


「よくない! 大事な貴方をひどく言われたなんて、僕は許すことができません!」

「……うん?」

「大好きなヴァーツァが、人から非難されるなんて!」


「ふ。ふふ。ふふふ」

 ヴァーツァの手が止まった。


「『大事な貴方』。『大好きなヴァーツァ』」


 歌うように繰り返す。俺にとってはひどい恥辱プレイだが仕方がない。こんなところで慌ただしく全裸にむかれてことに及ばれるより、よっぽどいい。


「じゃ、出かけるか」


 さっき自分が剥ぎ取ったばかりの上着を拾い、俺に羽織らせる。


「どこへ?」

「まずは、きれいな公爵夫人のところかなあ」







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