第43話 寝取られる気分
「まあまあ、何の騒ぎですの?」
そこへ、当のイメルダが戻ってきた。
「令嬢たちが怖がっているじゃありませんか。無作法ですよ、カルダンヌ公」
「イメルダさん。もしかして俺が代筆した下書きを盗まれたりなんかしてません? ヴァーツァが誤解してるんです」
縋るような思いで訴えると、イメルダは邪悪な笑みを浮かべた。
「まあ、もうあれを手に入れたのね。さすがだわ。ねえ、カルダンヌ公。恋人を盗られるって、どんな気分かしら?」
「冗談? 今の気分なら最悪だ」
噛みつくようにヴァーツァが答える。イメルダの笑みが一段と黒くなった。
「ボルティネさんが貴方に殺されたら寝覚めが悪いから、教えてあげる。貴方が手に入れた恋文は、彼が私に書いてくれたお手本の写しよ。ボルティネさんは、陛下を私の閨へ誘う為の撒き餌を作ってくれたの」
「王妃!」
ヴァーツァが叫ぶ。
「撒き餌って……、イメルダさん!?」
彼女の名を呼んだのと同時に発せられたヴァーツァの怒声が、頭の中にこだました。
「え? 王妃?」
イメルダって……。まさか、アンリ陛下に輿入れされた……?
迂闊だった。もちろん、アンリ陛下のご成婚は知っている。だか、王都に帰って来てから、俺はずっと引き籠って暮らしていた。繁華街にも足を踏み入れず、王妃となられた方の絵姿を見たこともない。
「そうだ。この方は、イメルダ・フォン・フォルス殿下、フォルス王国の王女で、ペシスゥス国の王妃だ」
ヴァーツァが教えてくれる。まだひどく機嫌が悪い。
「そして未来の国母です。礼を弁えなさい、カルダンヌ公」
厳しい口調にぎょっとした。おとなしい、優しい女性だと思っていたのに。というか、無礼なのはむしろ俺の方だったのでは?
「特に失礼なことはしておりません」
しれっとヴァーツァが返す。叱責されても、何も堪えていないようだ。
王妃の目がちかりと光った。
「わたくしの前で取り乱しました。恥ずべき所業です。わたくしは平常心でおりましたことよ。貴方に陛下を寝取られました時」
「寝取、」
再び俺は、むせかえった。
「あらあら、大変。誰か、シグモント様にお水を」
打てば響くように、給仕が水のグラスを持って現れた。冷たい水を一息で飲み干す。
「夫さん……いや、アンリ陛下の愛人って、貴方だったんですか!?」
ようやく口が利けるようになると、俺はヴァーツァに喰ってかかった。
「愛人なんかじゃない。幼馴染の学友だ」
「その学友が、王妃様から陛下を寝取ったんですかっ!?」
「違う!」
そんなの、誰が信じるものか。だって、あのヴァーツァだぞ? 今までに相手にした女性(男性もだったんだな、やっぱり)は数知れず、弟に濡れ場を見られても全く平気という恥知らずだ。
その上、国王まで手に掛けるとは! 王妃様の苦しみを思いやれ!
王妃は、しかし、奇妙にさめた、冷たい目で俺を見ていた。
「わたくしが申し上げた、夫の愛人の想い人というのは貴方様なんですよ、シグモント様」
「え?」
夫(国王アンリ陛下)の。
愛人(ヴァーツァ)の。
想い人(……俺?)。
「貴方は、つれない想い人です」
王妃の責めるトーンに、思わず身を固くした。
つか、俺が、誰につれないって?
「わたくしが一番許せないのは、あなたです、シグモント様」
なぜ? どうして俺は、王妃の怒りを買った?
ラブレターがあまりにエロかったから? やっぱり深夜に文章を書いたらいけなかったんだ。妄想が先走っちゃうからな。
でも、お陰で妊娠できたって、王妃様、さっきは喜んでたじゃないか……。
「あなたさえ、カルダンヌ公をしっかりと捕まえていてくれたら、わたくしがここまで苦しむことはなかったはず」
あ、そゆこと。
てか、どうみても冤罪だろ、それは。
この件に俺は、全く無関係だ。
でも、言い返すことはできなかった。相手が王妃だからというのももちろんあるけど、それ以上に、なんていうか、彼女の感情がモロに伝わってきて。
それは、諦め切った疲労だった。
霊視するまでもない。彼女自身の悲しみだ。
「王女は、自分では嫁ぎ先を選べない。少しでもマシな相手であることを祈るだけ。そりゃ、栗を焼いてるだけとか、錠前作りばかりしているとかいうのよりはなんぼかマシだけど、それでも、……」
王妃は唇を噛み締めた。
やおらくるりと後ろを振り返り、立ち去っていく。
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