第42話 令嬢たちのお茶会


 離宮へ着き、案内されたのは、西棟だった。一般に開放されているのは東棟だ。

 王族のプライベートルームのある西棟は、一般客は立ち入り禁止のはずだ。いったいどうなっているのだろう。


「屋上には、こちらで参ります」


 侍従が言い、四角い、箱のようなものの中に入れられた。中に椅子が入っている。俺が座ると、箱の外で侍従が一礼した。入り口の扉が閉められる。


 少しすると、体が浮遊するような感覚があった。箱が上昇しているのだ。


 そういえば宮殿には、滑車の原理で人を上へ運ぶ機械があると聞いたことがある。でもあれは、特別な賓客にしか使われないと思っていたけど。


 ふわりと箱が止まった。扉が開く。


 扉の外は、別世界だった。一面に花が咲き乱れ、足元は芝生で覆われている。まさに空中庭園だ。呆れたことに、遠くに噴水まで見えた。いったいどうやって水をここまで引き上げるのだろう。


 「シグモント様!」


 栗色の髪のご婦人がやってくる。俺の長屋へ来てくれたあの貴婦人だ。今日はベールはつけていない。初めて見る彼女は、目鼻立ちのくっきりとした、異国風の顔立ちをしていた。


 「よくいらっしゃいました。イメルダです」


 イメルダ? 聞いたことのあるような名だ。いつどこで聞いたか思い出そうとした時、彼女の輪郭がダブって見えた。ははん、と思った。


「ご懐妊ですね?」

「ええ」


 なぜか固い顔でイメルダは頷いた。


「頂いた下書きを清書して渡したら、主人が訪れてくれましたの。効率の良い媾合まぐわいでしたわ。子を授かりました。結果に満足しております」

「えと……おめでとうございます?」


 疑問符がついてしまった。だって、効率のいいまぐわい、って。うっかりできちゃったよりいいけど。


 夫さんの「愛人」はどうなったのだろうか。気になったが、聞くべきではないのかもしれない。夫婦の間は、夫婦にしかわからない。彼女が満足なら、それでいいと思った。


 俺以外にも客はたくさんいた。挨拶しなければいけない人がいるからと言って、イメルダは立ち去っていった。


 彼女がいなくなるった途端、重たそうなドレスを纏った令嬢たちに取り囲まれてしまった。


「この方が……」

「思ったより平凡な顔立ちですこと。衣装もお安そうだわ」

「それに……この方、殿方じゃなくて?」


 「ねえ、貴方」

水色のドレスの令嬢が声を掛けてきた。

「貴方のような平民風情がどんな手管を使ったか知らないけど、身に余る光栄と弁えるべきよ? だから貴方はに身を捧げるべきなの」


「へ?」


に夫を盗られる辛さを思いやるべきよ!」

 傍らから一際大きな声で、別の令嬢が叫ぶ。襟ぐりの大きく開いたドレスの令嬢が、ぐいっと身を乗り出した。

は、問題はあるけど身分の高い方よ? 何より美形でハンサムだもの、それで十分じゃなくて?」


 なんのことやらさっぱりわからない。つか、「あの方」って誰?

 気まずい思いでいると、芝を踏みしめ、どすどすと足音が近づいてきた。


「シグ」


 燦燦と降り注いでいた陽の光が遮られ、誰かが立ちはだかった。

 冷たく、恐ろしい気配が吹き下りて来る。


 離れ小島の邸宅に残してきたヴァーツァだった。


 顔色を変え、居合わせた令嬢たちは、蜘蛛の子を散らすように逃げ出していった。

 一人、襟ぐりの大きく開いたドレスの令嬢だけが残った。


「カルダンヌ公」

胸のふくらみを見せつけるように、令嬢は彼にすり寄った。

「私は貴方の孤独をよく理解しておりますわ」


「それは嬉しい。ぜひ拙宅にご招待しなければなりませんな」

棒読みのように言って、ヴァーツァはじろりと相手のデコルテラインを見下ろした。

「特に地下室は貴女のお気に入るでしょう」


「地下室……」


 令嬢は真っ青になって震え出し、物も言わずに走り去っていった。

 ヴァーツァ・カルダンヌ公爵は、鬼の形相だった。


「シグ、お前が書いた恋文を手に入れた。お前、一体、何人の男と付き合ってる?」


「なんのことです?」


 俺は誰ともつき合ってなんかいない。

 ヴァーツァは激怒した。


「とぼけるな。あんなエロい手紙を、俺以外の男に!」


 俺以外のって……。

 ようやく、事態の把握ができた。


「代筆です。全部」


 他に考えられない。ヴァーツァが入手したのは、俺が誰かの依頼で書いた恋文だ。


「だが、サインが入っていた! 間違いなく君の手跡だった! 俺が君の字を見間違うと思うか!?」


 もしかして、イメルダの為に書いた恋文が流出したのか? 他に俺は、自分のサインなどしていない。







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