第34話 浜辺の怪
トラドの言った「後ほど」の意味はすぐに分かった。
というか、これ……。
島の浜辺には、大量の棺が並んでいた。各々の棺の前には、生気のない人たちが、陰気な顔をして佇んでいる。
カルダンヌ家の使用人たちだ。
「シグモント様!」
自分の棺の前から嬉しそうに駆け寄ってきたのは、メイドさんだ。名前は、確か……。
「キャサリンさん」
「わたくしの名を覚えてくれたのですね?」
青白い顔が一層青くなった。つまりこれは、普通の人間なら赤くなったという事だ。吸血鬼やゾンビは、頬が紅潮するのではなく、退色するようだ。
キャサリンさんは、名前を憶えて貰ったことがよほど嬉しかったのだろう。自慢の名前なんだ、きっと。
「それはそうと、キャサリンさん。これはいったいどういうことです?」
「皆、貴方様とご一緒に島を出ます」
「えっ!」
どゆこと?
「現在、ご主人様は大荒れに荒れていらっしゃいます。このままここにいたら、私たちはどうなってしまうことか……」
キャサリンの言葉に、使用人一同、首をかくかくと上下に振った。どうやら、そうだそうだと頷いているようだ。
「シグモント様は、ご主人様から私の肋骨を守って下さいました」
進み出たのは、コックだ。
「ここしばらくご主人様は落ち着かれ、私どもの四肢を千切ったり、首を刎ねたりすることもありませんでした。全ては、シグモント様のお陰です」
「そんな、過大評価です」
俺にヴァーツァを宥める力などない。そんな力があったら、今でも彼の傍らにいた。
「いいえ。ご主人様にはシグモント様が必要なのです。貴方様がおそばを離れられたら、あの方はいったいどうなってしまわれるのか……」
御庭番のケビンが出てきて嘆く。
「そして、私たちの静かで穏やかな生活もここまでです。明日からまた、恐怖のお仕えが始まるのです」
ヴァーツァはそこまで使用人たちに恐れられていたのか。
頬をぽっと青くして、キャサリンが歩み寄る。
「ですので、私どももシグモント様とご一緒に島を出ることにしました」
あまりのことに、俺は目をしぱしぱさせてしまった。
「でも皆さんは、ヴァーツァから離れたら困るでしょう? 皆さんの身体は、ヴァーツァの魔力で形を保っているわけですから」
だから怪我で彼の魔力が弱っている間、使用人たちは地下で眠っていたのだ。
「私どものことは、どうぞお気遣いなく。各自の棺を持参しますゆえ」
「……」
浜辺にいっぱいに並べられた棺を、俺は見回した。
「できるだけ長くこの姿を保ち、カルダンヌ公から頂いた魔力が切れた暁には、体がバラバラになる前に、棺に潜り込むことに致します。そのうち、新たなネクロマンサーとの出会いがあるでしょうから」
キャサリンが言い、再び全員が首をかくかくと上下に振る。まるで、浜風に吹かれた枯れ枝のようだ。
「け、けれど、こんな沢山の棺、船に乗り切れるでしょうか?」
係留された小型船には、既に古ぼけた柩が一つ、乗せられていた。トラドの柩だろう。小さな船にはもう、俺が座るだけの余地しか空いていない。
「それはもう、何往復してでも。貴方様とご一緒する為に」
御庭番のケビンがこぶしを握り、虚空を見上げる。断固とした決意表明だ。
俺は焦った。
「でも、ですね。皆さんがいなくなったら、ヴァーツァが困るでしょう?」
「ああ、お優しい。あんな横暴なご主人様の心配をなさるなんて」
キャサリンが両手を揉みしだいた。あまりに強く捻るので、骨が折れてしまわないか気が気ではない。
「いやいやいや。ヴァーツァは貴方がたの主人でしょう? 長年の御奉公の間には、彼にだって少しは良い所があったのでは?」
「カルダンヌ公の御長所は、全てあなた様がこの島へ渡られた後に表れましてございます」
ぴしゃりとコックが言い放った。
「それ以前のあの方は、完璧な暴君、横暴極まる主人、恐怖の大魔王でございました」
「……」
何と言ったらいいかわからない。でも、否定できない気がする。俺もいろいろ見ちゃったし。
「わかりました」
俺はため息をついた。
「もうすぐヴァーツァは王都へ旅立ちます。俺の住処も王都だから、落ち着いたら皆さんを彼の所へお連れするというのでどうでしょうか」
そして魔力をチャージしてもらい、その後はまた好きにしたらいいと思った。
って、こんなにたくさんの柩、俺の部屋に入りきらないよ。どうしよう。
ところが言い終えた途端に、使用人たちが色めき立った。
「なんですと? ご主人様は王都へ行きなさるのか」
「そして、シグモント様のお住まいも王都なのですね」
「なら、何の問題もないじゃありませんか」
「ご主人様のことですからね」
「欲しい物を手に入れる強引さだけは評価できる」
集まったゾンビたちが、一斉に回れ右をした。
各々自分の棺を引きずって歩き始めた。砂の上に、棺を引きずる痕が長く伸びていく。
唖然として俺は、立ち去っていくカルダンヌ家の使用人たちを見送った。
ただ一人浜に残った御庭番のケビンが小舟に飛び乗った。彼は、俺とトラド(の入った柩)を、本土まで運んでくれた。
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