第23話 告白?


 どうやって階段を駆け上がったのか覚えていない。気がつくと調理台に向かい、玉ねぎを刻んでいた。


 骸骨はドレスを着ていた。あれは、女性だ。


 湧き出る涙が、信頼が裏切られたせいなのか、玉ねぎのせいなのか、判然としない。

 きっと玉ねぎのせいだ。

 なら、泣いていいのだろう。

 包丁を放り出し、盛大に涙を流す。


 「やっぱり。ここにいた」

尊大な声が聞こえた。

「急にいなくなるなんて、ひどいじゃないか。料理なんて君がする必要はない。君がすべきことは、いつも俺のそばで……どうしたんだ、シグ!」


 伸ばされてきた腕をよけた。涙の向こうで、ヴァーツァが傷ついた顔をする。ひどい。まるで被害者はヴァーツァのようじゃないか。憤慨して叫んだ。


「本当は女性が好きなくせに! 俺なんか、ただの気まぐれなんだ」

「は? 何を言ってる?」

「あなたは、大の女性好きで……。何人もさらってきたのでしょう?」

「何を言う。失礼な」


 むっとした声。騙されまいと思った。彼は、地下室の彼女たちを愛したのだ。たとえ一時でも、その髪を撫で、肌を慈しみ……。


「トラドに命じて、定期的に空気を入れ替えさせて。神経質なくらい。大事なんだ。大事だから、しまっておくんだ。ラベンダーやミルラで守って」


 頭の中に警鐘が鳴り響いた。これ以上、言ったらダメだ。この男は危険だ。

 けれど、止まらない。自分で自分が抑えられない。


「飽きて殺してしまったくせに。でも、貴方は彼女らを愛したんだ! あんなにたくさん!」

「……地下室へ行ったのか?」


 質問ではない。断定だった。

 はっとした。

 秘密を知った俺は、殺されるのに違いない。

 けど、この美しい男に殺されるのなら本望だ。だって俺は……。


「そして飽きたら殺してしまうんだ!」

「棺の蓋を開けたのだな?」


 この場にそぐわない優しい声だった。


「あ、開けた。だって、貴方を疑いたくなかった。あの中には、本が入ってると思った。あるいは骨董品か。そうだったら、どんなによかったか!」


 血を吐く思いだった。だって俺は、本当にそう思っていた。あれは棺桶なんかじゃないって。ヴァーツァを信じていたのに!


 俯き涙を流す俺を、ヴァーツァがじっと見ている。何も言わず、食い入るように。

 しばらくして彼は言った。


「黙っていてごめん、シグ。でも君は気にしないと思った」

「気にしない? 地下室に大量の死骸があることを? それも、女性の!」

「うん、女性のもあるな。だが、男性のもあるぞ」


 ぱっと俺は顔を上げた。見上げるヴァーツァは、どこかいたずらっぽい顔をしている。


「俺も殺すの?」

「殺されたいのか?」

「やだ。だって俺はまだ、飽きられるほど貴方を知っていない」


 それが愛の告白だとは、微塵も思わなかった。

 そもそも、俺からのキスで始まった関係だ。主導権は、最初からヴァーツァに握られている。口づけたのはガラスで、本物のキスではなかったけれど。


 ヴァーツァの顔に含み笑いが浮かんだ。

「あんなにたくさんあっても、死体は誰かが操らなければ動かない。彼らが動けば、この館はもっと快適になる。君が料理をする必要はなくなる。トラドやメルルの負担も減る」


 それが何を意味するのか、咄嗟にわからなかった。料理。トラドの負担?

「あれは、使用人達の遺体なの?」


 けど、同じことだ。犠牲者が、行きずりの人から使用人に変わっただけだ。ヴァーツァは片っ端から使用人たちに手を出して、最後には全員殺してしまったに違いない。


 悪びれもせず、ヴァーツァは頷いた。

「そうだよ。地下室で眠っているのは、カルダンヌ家の使用人たちだ」

「貴方はひどい人だ」


 使用人を殺すなんて。それも、皆殺しにして。きっと、一人一人ベッドに呼んで、そして……。


「そうだな。早く体力を回復しなければ、彼らに恨まれる」

 頓珍漢なことを、ヴァーツァが言う。


「今でも充分恨まれているよ。殺して地下室に閉じ込めておくなんて」


 もしかしたら、一晩で数人を殺したこともあったのかもしれない。つまり、一晩で複数人を相手に……。

 目の前がちかちかした。

 やっぱりこの男は人でなしだ。


 ヴァーツァが首を傾げた。

「ん? 殺したのは俺ではないぞ」

「……え?」


 胸に希望が灯った。

 だめだ。希望を抱くなんて不謹慎だ。とにかく、使用人たちは亡くなったのだから。


「疫病が流行ったの?」


 それなのに希望を抱く自分が忌まわしい。希望……という希望だ。


「死因はさまざまだ。俺もよく知らない。いや、調べればわかるんだけど、書類仕事は苦手で」

 頭を掻く。

「でも、そんなことしなくても、当人に聞けばわかることだ」

「聞く? 死骸に?」

「そうだよ。まさか忘れたんじゃあるまいね。俺はネクロマンサーだ。遺体を蘇生させ、使役することが俺の本分だ」


 ぽかんと口が開いてしまった。俺はヴァーツァを眺めた。朗らかで美しい彼を。


「明日にでも彼らを蘇らせよう。カルダンヌ家自慢の使用人たちだ。きっと君は満足することと思う」


 ゆっくりと頭が回転を始めた。

 メルルは死骸だと、ヴァーツァは言っていた。死骸を使役していると。だから、壁に叩きつけられてもすぐに蘇ったんだ。

 同じことが使用人にも言えるのかもしれない。

 彼らはもともと死体だった。ヴァーツァが使役し、初めて動くことができる。


 見上げる男の顔に笑みが浮かんだ。


「それにしても、女性? 気にしていたのはそこなんだな」

 手を伸ばしてきた。

「俺が彼らを殺したかもしれないという疑惑より、俺が彼らと寝たかもしれないという疑いの方が、君を傷つけたのだろう?」


 図星を刺されて、俺の頬に音を立てて血が上った。


「ちっ、ちが、ちがっ、」

 必死で否定する俺を、ヴァーツァがにやにや笑いながら眺めている。


「違わない。嫉妬してくれて嬉しいよ、シグモント。最初のキスの後、君は全然積極的でなかったから。むしろ俺を避けていたろ?」


 理解するのに時間がかかった。

 言葉の意味がわかった瞬間、俺は彼に抱きすくめられていた。







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