第22話 疑惑

 ベッドの中で(!)互いのトラウマを話し合った日から、ヴァーツァと俺の仲は、少しだけ近くなった気がする。


 ヴァーツァは以前のように尊大な態度を取ることはなくなった。むしろ、甘えてくるようになった。あーんと本の朗読はその前からだったが、とにかく俺を離さない。食事の支度さえままならないくらいだ。


 けれど、調理はしなくてはならない。

 トラドに任せると、サービスのつもりか、血を大量に入れるから、スープは赤くなるし、焼いた肉は生臭い。トラドには悪いが、こんなものをヴァーツァに食べさせられない。

 メルルと彼の眷属に料理をさせるなんて、とんでもない話だ。彼らは火を使えないし、かろうじてサラダは作れるけど、毛玉まみれだ。


 俺がいないと、ヴァーツァは不機嫌になる。だから、彼が眠っている間に料理をするしかない。畑の手入れもしなければならないのに、本当に難儀なことだ。


 大急ぎで蕪と玉ねぎを収穫し、泥だらけのそれらを籠に入れて調理場へ運ぶ。

 地下室の前を通りかかった。

 地下室。

 決して忘れていたわけではない。

 そこには大量の柩が安置されている……。


 けれど、あれは本当に柩だったのだろうか。だって、ヴァーツァには悪しき気配は全然ない。この頃は、かわいい、といったら言い過ぎだけど、俺に甘えて来る彼はごく普通の、少し年上の男だ。信じられないくらい美しいことが特徴の。


 そんな彼が、地下室に遺体を大量に隠している? 


 まあ、誰かれ構わず引きずり込んだのは事実かもしれない。だが、必ずしも殺してしまったとは言い切れないのではないか。王室祈祷師が喝破した王都の異常は彼の霊障だというのも誤りだ。だってヴァーツァは死んでいない。


 地下室のあれは、柩ではないのだろう。中に入っているのは大量の本か食器か、とにかく、害のないものに違いない。


 ……でももし、噂が本当だったら?

 たくさんの女性をさらってきて、飽きたら殺してしまうという、噂。


 ……女性。

 俺は男だ。、ヴァーツァに愛されることはない。きっと。たぶん。

 今はべたべたしてくるのは、きっと物珍しいからだ。

 それだけ。


 突然、疼くような寂しさに、立っていられなくなった。しゃがみ込み、懸命に息を整える。


 ……確かめてみたら?

 本当に棺の中身は、死骸なのか。ヴァーツァが飽きて捨て去った女性たちの。


 幸い、といっていいのかわからないけど、鍵は掛かっていなかった。空気を入れ替えると言って、トラドは頻繁にここのドアを開け放っている。ちょうど今日は、その日に当たっているようだ。


 吸血鬼の執事は夜になるまで起きて来ない。

 ヴァーツァはよく眠っている。

 確かめるなら今しかない。

 あれらは本当に、棺桶なのか。中に納められているのは、死骸なのか。


 念のため辺りを見回してから、俺はそっと、地下室への階段へ足を踏み入れた。

 昼間だというのに、相変わらず中は薄暗い。一段一段、慎重に下りていく。


 下り切ってしまうと、一番近い棺……というか、箱に近づいた。人一人ゆうゆうと寝られるほど巨大な箱だ。埃だらけの蓋を日常魔法の灯りで照らすと、複雑な彫刻が施されているのがわかった。


 随分古風な彫刻だ。中にはきっと、芸術品が納められているのに違いない。それか、古い本の類か。だってトラドは、湿気を極度に排除したがっている。


 蓋は、釘などで打ちつけられてはいなかった。縁を掴み、両手で思い切って持ち上げる。

 どっとかび臭い匂いが流れて来た。ミルラの強い香りも。


 少し遅れて、灯りが中を照らした。

 白い頭蓋骨が揃った歯を剥きだして、こちらを見返していた。








  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る