第21話 トラウマ
ヴァーツァはため息をついた。
「7歳の時、俺たちは、専門魔法を選ぶことになった」
「俺達?」
思わず聞き咎めた。俺の顔は彼の胸に押し付けられている。その表情は窺えない。
「そうだよ。俺とバタイユは双子の兄弟なんだ」
驚いた。
「双子ですって? だってバタイユはまだ、ほんの子どもじゃないですか」
「それは、あの子が自ら成長を止めたからだ。考えてもご覧よ。よぼよぼの老人の身体で生き続けたって、楽しくないだろう?」
「それはそうだけど……」
もう少し育ってからの方が、いろいろ楽しくはないか?
「とにかくあの子は、10歳の時に成長を止めた。生殖ができる年齢に入ると、古い細胞は自分で自分を壊すのだそうだ。一種の自浄作用で、それが成長や若さの源であるのだが。知ってるかい? 死は、成長の最終形態なんだ」
ヴァーツァの話は少し難しかった。俺は、死は行き止まりだと思っていた。ジ・エンド。ここで終わり。
「バタイユには、どの魔法でも選べるオールマイティの魔力があった。ところが同じ双子の兄弟でも、俺の場合は選択の余地がなかった。俺には黒魔法しか使えなかったからだ。それも死霊を操る呪術しか」
やっぱり? やっぱりこの男は、人を呪う為に生まれて来たのだ。心の底から悪人なのだ。
そんな風に思おうとした。だって黒魔法だろ? 人を呪う、悪魔の魔術だ。
それなのに、心のどこかでそれは違う気がしてならない。なぜだろう。ヴァーツァが美しすぎるから?
「生得的なネクロマンサーは、アンデッドである場合が多い。けれど俺はアンデッドではない。普通に死ぬ。俺のアンデッドとしての属性は、双子の弟であるバタイユが担ってしまったんだ。白魔法の使い手であるバタイユが」
黒魔法の使い手であり、ネクロマンサーでもあるヴァーツァがアンデッドであるのが、本来あるべき姿だ。
しかし、母親の胎内にいた時、死なないという属性はなぜか弟のバタイユに転化されてしまった。彼の本来の属性は、白魔法の使い手だというのに。
ヴァーツァの声はとても静かだった。自分を責める気持ちが感じられ、俺はいたたまれなくなった。
「そんな、自分ではどうしようもないことで自分を責める必要はない。バタイユだって、貴方を責めたりしないでしょう?」
「だから一層、辛いんだよ。あの子は不死の孤独を知っている。俺を死なせまいと必死なんだ。俺たちは早くに両親を亡くした。俺がいなくなったら、あの子は一人ぼっちになってしまうからね。今回の戦だって、アンリ殿下を庇って、多分、いや間違いなく俺は死んだはずだ。でも、バタイユが死なせなかった。あの子は俺を死なせない……この体が、どうしようもなくぼろぼろになるまで」
ヴァーツァの力が緩んだ。俺は彼から身を離し、半身を起こした。
ヴァーツァの目をじっとのぞき込む。暗がりの中で、紫色の目は色を失い、ただ光を放っていた。
「今度は君の番だ。シグ、君はなぜ、俺の所へ来たんだ? 軍にいたのだろ?」
「どうしてそれを!」
驚いた。そんな話、一言もしていない。
うっすらとヴァーツァは笑った。
「俺も軍にいたからな。北軍
瞼の裏に、遠い日の記憶が蘇って来た。
ペシスゥス軍はゲリラに手を焼いていた。ろくな武器も持たないない住民たちが軍の隙をついて攻撃を仕掛けてくる。山道で銃撃してきたり、手製の爆弾を腹に巻いて飛び込んできたり。
軍専属のエクソシストだった俺に、ある村の住民を祓うよう、命令が出た。叛徒の多い村だった。彼らのペシスゥスへの敵意、兵士らへの悪意、憎しみ、殺意、そういった悪しき感情を祓い、浄化するよう命じられたのだ。
俺には一片の迷いもなかった。住民の感情を鎮め、穏やかにするのだ。その方が当人の幸せの為にもなる。
一人一人を訪ねお祓いをすると、村人の顔から憎しみが消えた。日に焼けた顔に、穏やかな笑みが戻った。
その晩、軍は村を爆撃した。
ペシスゥス軍は村の出入り口を封鎖し、人々が村から出ることを許さなかった。そうしておいて徹底的に砲弾を撃ち込み、騎兵が切り込んだ。
爆音が止み、硝煙が晴れた後には、無残な死骸が転がっていた。俺が浄霊し、ペシスゥスに対する一片の反抗心さえなくした村人たちの。
……。
「言いたくなければ言わなくてもいい」
優しい声が言った。
「だが、君の浄霊は本物だ。君の前で俺は、本当に素直な気持ちになれる。全ての悪しき感情が祓われ、まるで子どもに戻ったように。それはとても幸せな時間だ」
いたたまれなくなって、俺はベッドを飛び出した。
ヴァーツァは追ってこなかった。
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