第14話 地下室の怪


 ネクロマンサー。死霊術者。死んだ体を操り、意のままに動かす魔術師。

 彼らは死体を使役する。

 悪霊払いエクソシストの俺とは対極をなす存在だ。

 俺は、生者・死者問わず、他者に害をなす魂魄こんばくを調伏する。エクソシストは死霊も扱うから、ネクロマンサーとは扱う対象が一部被る。

 が、使役と調伏は真逆だ。


 ネクロマンサーとエクソシスト、俺たちは互いに相容れない存在だ。


 加えて、ヴァーツァには弟がいる。アンデッドの弟だ。彼は度を超えたブラコンで、兄を死なせない為に治癒魔法を究めた。兄はアンデッドではないから、不死は不可能だと思うけど。


 そして、王都の噂だ。

 あれは間違いなく真実だと思う。ヴァーツァ・カルダンヌは、人さらいの殺人鬼だ。気に入ったやつをさらっていたぶり、飽きたら殺してしまうんだ。

 現に彼は俺をおびき寄せた。ネズミにそっくりのフクロモモンガを使って。

 犠牲になるのは女の子だけだと思ってたけど、油断していた! この兄弟は、ジェンダーフリーの最先端をいってやがる。


 気絶から覚醒したのは夜だった。辺りは暗く、自分がどこにいるのかさえも定かではない。

 とにかくここから離脱しなければ。


 俺は布団の上に寝かされていた。エシェック村の礼拝堂に比べ、格段に豪華なベッドだ。

 そっと起き上がり、ドアへ向かう。

 鍵は掛けられていない。

 良かった。

 そっとドアを開け、廊下に出る。


 窓は全て厚いカーテンで覆われ、辺りは漆黒の闇に包まれていた。

 日常魔法の火を灯し、闇の中を進んでいった。館の造りはよくわかっていない。ここは何階だろうか。階段、あるいは出口はどこ?


 ふと気がつくと、階段のてっぺんに立っていた。危ない所だった。もう少しで転げ落ちるところだった。


 足元を照らしつつ、慎重に階段を下りていく。もと居たところは2階だったようだ。下までおりてぐるりと回った反対側に、ドアがあった。


 ……地下室?

 本能は止めておけといっていた。しかし、好奇心が開けてみろと主張している。


 ……開くわけない。

 鍵がかかっているに違いないと思った。

 それなのにドアは、あっさりと開いた。やっぱり、地下へ向けて階段が続いている。


 ……これはつまり、疚しいものは隠してないということだよな。

 あるいは、身の毛もよだつほど、恐ろしいものは。

 幸い俺には、魔法の灯りがある。

 意を決し、ドアの敷居を跨いだ。


 湿気た匂いがする。わずかに漂う、カビ臭さと、ちょっぴり甘い……腐臭? まさか。

 小さな砂でじょりじょりする階段を下まで降りた俺は、いきなり何かに躓いた。

 灯りを高く掲げ、絶句した。

 見渡す限り、一面の……棺桶だったからだ。たくさんの柩が、びっしりと床を埋めている。


 ……こっ、これは! 


 カルダンヌ公の犠牲になった女性たちの柩か!?

 というより、それしか考えられない。


 甘い香りの正体がわかった。ラベンダーだ。ラベンダーには、殺菌や防虫効果がある。それと、ちょっとスパイシーなこの匂いは、ミルラ? ミイラ作りに使われた樹脂だ。


 床にびっしりと並べられた棺桶は、ヴァーツァの柩のように(あれは養生用の装置だったらしいが)ガラスでできているわけではない。古めかしい、木の柩だ。


 開けてみる勇気は到底なかった。

 声にならない悲鳴をあげて、下りて来たばかりの階段を駆け上った。


「シグモント・ボルティネ様」


 すぐそばで声が聞こえ、俺は飛び上がった。

 黒っぽい服に身を包んだ男がぼう、と佇んでいた。







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