第3話 浄霊師;エクソシスト


 「シグ! シグモント!」


 壊れかけていた鍵を引っ剥がし、男が中に入って来た。友人のジョアンだ。


「起きろったら!」

頭の上から声が聞こえたかと思ったら、あっという間に布団を引っぺがされた。


「ううう、寒い……」

「文句言ってないで起きろ! 世間様はとっくにひと働き終わってるぞ!」

「俺は夜のお仕事なの」

「ラブレターの代筆がか?」

「そう。依頼人のお姉さんたちの勤務が終わるのは、夜中だから!」


 ジョアンがお茶を淹れ始める。カップや茶葉の置き場所とか、こいつ、俺より俺の家に詳しいんだよな……。


 「で、何の用?」

香り高いお茶を啜りながら問う。こんな高級そうなお茶、うちにあったかな?

「用がなきゃ、来ちゃいけないのか?」

ジョアンがむくれた。


 俺の家は、ちょうどこいつの家と職場の中間点にある。ジョアンは毎朝のように俺の家に来て勝手にお茶を淹れ、茶菓子をあさり、そそくさと去っていくのだ。


 ジョアンが紅茶茶碗を下に置いた。


「シグ、お前、知ってるか? 王都の怪異のこと」

「ああ、鼠が出たとかカメムシが大量発生したとかいうんでしょ」

「そんな気楽な話だけじゃない。大臣や前国王陛下までお亡くなりになったんだぞ」

「老人ばかりだもん、仕方ないよ。アンリ殿下が即位されて、これからはこの国も少しは若返るといいな」

「しっ!」


ジョアンは慌てて周囲を見回した。


「王族や官僚の悪口を言ったらいけないと何度言ったらわかるんだ?」

「悪口じゃないよ?」


そんなつもりは全然なかったのに。


「そーゆーのを悪口というの!  ペシスゥスは独裁国家ではないが、密告が横行しているんだぞ」

「わ、わかった……」


「シグモント。お前に仕事だ。ラブレターの代筆ではない。本業の方だ」

おもむろにジョアンが告げる。俺はじっとジョアンを見つめた。

「お前の本業は浄化だ。シグ、お前は王国一の浄霊師エクソシストなんだ」


 霊障とか、呪いとかいう言葉が出てきた時から、こうなることを予感していた。恐れていたと言っていい。


「だが俺は、浄霊からは足を洗った」


 とある事件を最後に、俺は職を捨てた。友を捨て(たつもりだが、なぜかジョアンだけは俺から離れて行かなかった)、家を捨て、この家で楽しく暮らしている。


「何を言うか。お前ほどの能力の持ち主を、こんな長屋に埋もれさせておくわけにはいかない」

「長屋って、大家さんに失礼じゃないか」

「長屋だろ? それも超絶ビンボーなボロ長屋だ」


 ジョシュアは空になった俺のカップに茶を注ぎ足した。ふわっと立ち上る香気が鼻孔をくすぐる。


「なあ、シグ。あれから随分時間も経った。お前の心の傷も癒えただろう?」

「……」


 俺は答えなかった。ジョアンがため息をついた。


「なあ、シグ。お前には、できることがいっぱいある。もう一度、その能力を使ってみないか。お前が浄霊すれば、都の人々も安心するだろう。ペシスゥスの人々がこの冬を乗り切ることができるよう、浄霊師エクソシストとしてのお前の能力が必要なんだよ!」

「……」

「この国から、ヴァーツァ・カルダンヌ公の怨霊を追い払ってくれ」


 熱心に口説く長年の友ジョアンに、とうとう俺は絆されてしまった。

 一度きりなら……そうしたらまた、ここへ戻って来て今まで通り穏やかに暮らせばいい。


「……ヴァーツァ・カルダンヌというのはどういう男なの?」


「引き受けてくれるのか?」

ジョアンの目が輝いた。

「一度きりなら」

「うん、一度きりだ」


 頼もしくジョアンが太鼓判を押す。俺はジョアンを信じることにした。


「ヴァーツァ・カルダンヌは極悪人だった。生きているうちから悪魔だったといっていい。あの男は、大の女好きでな。今までに何人も女を引っさらっては、飽きるとすぐに殺すんだ」

「そういう男もいるだろう。特に貴族は、我々庶民を人間だと思っていない」

「シグ、お前はそう言うが、殺すこと自体を目的とするような狂ったやつは、甘やかされた貴族といえど、そうはいない」

「殺しを目的にするんだって?」


 驚いた。というより、呆れた。まるで物語のようではないか。

 だがジョアンは大まじめだった。


「それも、ひどく残虐な方法で殺すんだ」

「たとえば?」

「そんなこと聞いてどうするんだ? 悪趣味だなあ」

「正確なことが知りたい」


 噂や讒言のたぐいに騙されたくない。


「お前らしいな。いいよ。気分の悪くなるような話だが、教えてやろう。俺が聞いただけでも、水責め、串刺し、とがった鉄の棒を埋め込んだ人型の人形に抱きしめさせる、なんてのもあった」


 自身は勇敢な戦士のくせに、ジョアンは薄気味悪そうな顔をしている。


「死体への冒涜も度を越していてな、死骸を犬に食わせるなんてのは序の口で、首を斬り、槍の先に突き立てたこともあったらしい」

「うわ、グロ……。いったいなんでそんなのが国王陛下の友人だったの?」

「知るかよ。もしかしたら、友人だったというのは嘘なんじゃないか」

「はあ?」


 ジョアンがとんでもないことを言い出したので、俺は呆れた。

 ジョアンは平然としている。


「だって、仮にもこの国の国王になられた方のお命を救ったんだよ? しかも自分の命を賭けて。たとえ狂人であっても、その忠誠心は長く語り継がれるだろう。それなのに、実は生前、極悪人でしたじゃまずいじゃないか。臭いものにはフタをしなくちゃならない。陛下のお友達ってことにしたら、あれこれ詮索するやつもいないからな」


「貴族や皇族なんてろくでもないな」

「浄霊には、遺体が必要だろ?」


俺の気が変わらないうちにとばかりに、さっさとジョアンが話を進める。


「どうしても必要ってわけじゃないけど、あった方が話は早い」


 抜け出して悪さしている霊魂を、遺体に呼び戻し、封じこめればいいのだ。そして遺体ごと処理する。霊魂だけを相手にするより楽だし、仕事が進めやすい。


「実はな。ヴァーサ・カルダンヌ公の遺体は行方不明なんだ」

「行方不明? 英雄の遺体がか?」


 ジョアンは居心地悪そうな顔になった。


 彼の話をまとめると、こうだ。

 ペシスゥス軍は蛮族との戦いから凱旋した後、軍の再編などが行われた。

 一年後、祈祷師がカルダンヌ公の霊障を指摘した。慌てて彼の遺体を探したのだが、どこにあるのか、誰も知らない。どうやら戦場に置き去りにしてきたようだ……。


「ヴァーツァ・カルダンヌの死骸は今、この辺りにある」


 ごそごそと胸の隠しから地図を取り出し、ジョアンは指さした。

 蛮族との戦場の跡地、カルダンヌ公が戦死した場所は、“エシェック村”と記されていた。






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