Bパート

 捜査が進展した。合コンに参加した学生から南野翔一とともに店を出て行った女性が判明したのだ。


「確か授里愛じゅりあ、そうそう藤堂授里愛じゅりあでしたよ。合コンは初めてのようで南野にかなり飲まされていた。それでひどく酔った彼女を南野が送っていきましたよ」


 学生はそう話した。藤堂授里愛じゅりあは鷹山大学の学生だった。私は早速、大学の学生課で住所を調べ、彼女の家に向かった。


 授里愛じゅりあの家は閑静な高級住宅地にある。彼女の父は藤堂平造であり、一流の弁護士だった。この家で妻の順子と3人で暮らしている。

 呼び鈴を押すと品のある中年の女性が出てきた。その女性は授里愛じゅりあの母親の順子らしかった。


「すいません。警察です。授里愛じゅりあさんにお話を伺いたくて」


 私は警察バッジを示した。すると順子の顔がこわばった。


「何のお話でしょうか?」

「いえ、それは直接、御本人から。署の方までご足労いただきます」


 するとそこに中年の男性が出てきた。リビングの方まで話が聞こえていたようだ。


「娘になにか御用ですかな。ここでも話ができると思いますが、違いますか? それとも任意でなく強制ですかな」


 いかめしい顔と横柄な態度・・・彼は弁護士をしている平造のようだった。


「いえ、それは・・・重要事件のことですので・・・」

「それなら私もお話を伺いましょう。授里愛じゅりあを呼んできてくれ」


 そう言われて順子は授里愛じゅりあを呼んで来た。彼女はおとなしい感じの清楚な美人だった。だがその表情は不安で満たされていた。顔をすっとうつむけている。平造が授里愛じゅりあに言った。


授里愛じゅりあ。警察の方だ。お話があるそうだ」


 授里愛じゅりあはゆっくりうなずいた。私は彼女に尋ねた。


「一昨日の夜はどこに?」


だが彼女は答えない。代わって平造が答えた。


「一昨日の夜はコンパだったようです。無理に友達に連れていかれたようだ。11時ごろに帰ってきた。門限を破ったので怒ったのですよ」


 私はさらに彼女に向かって尋ねた。


「午後10時ごろはどこにおられましたか?」


やはり彼女は黙ったままだ。


「2次会で『ゴン』というスナックにいたようです。酔ってふらふらになってそこからタクシーでまっすぐに家に帰ってきたと言っていました」


 平造がそう答えた。授里愛じゅりあは何も言わず、うつむいたままだった。


「ホテルラウンジというところには行きましたか?」

「娘はそんなところには行っていない!」


 私の質問にすぐに平造は語気を強めて言った。娘がそんなふしだらなところに行くはずがないと・・・。だが私はそれに負けずに言った。


「娘さんに聞いているのです。ホテルラウンジには行きましたか?」

「どうなんだ? 授里愛じゅりあ! 行ったのか?」


 平造が授里愛じゅりあに強い口調で尋ねた。すると彼女はやっと口を開いた。


「行っていません・・・」

「本当にそうなんだな!」


 平造が念を押すように言うと彼女はゆっくりうなずいた。それを見て私は彼女が何か隠していると直感した。


「娘はそう言っている。もういいでしょう」


 平造はそう言うが、ここで引き下がれない。


「まだいくつか伺うことがあります。しかしここでは人目に付きます。それに重要な事件のことですので証言は記録を取る必要があります。やはり署でお話を伺わせてください」


 私はそう言った。


「しかしそれでは・・・」

「私たちは裏を取って捜査しています。もし証言が違えば後々、大変なことになります」


 そこまで言うとさすがに平造は断れないようだった。


「それなら従います。ただし条件があります」

「それは何ですか?」

「その事情聴取に付き添わせてください。私は弁護士です。それは許されるはずですが・・・」


 私はしばらく考えてから返事をした。


「わかりました。いっしょに署の方へ」


 授里愛じゅりあから事情を聞くためには仕方がなかった。私はその条件を飲むことにした。


 ◇


 取調室では授里愛じゅりあと平造、向かい合って私と倉田班長・・・奇妙な光景だった。彼女は相変わらず不安な表情を浮かべてうつむいていた。それに対して平造は顔を上げて睥睨していた。


「一昨日の夜の行動を聞かせてください・・・」


 倉田班長と私は質問するが平造にブロックされている。授里愛じゅりあはただ平造の言葉にうなずくだけだった。これではらちが明かない。それにこうしていつまでも続けていくわけにもいかない。平造が法律を盾にとって事情聴取をいつ打ち切るかと思うと・・・。


(はっきりした証拠を積み上げないと進展しないのかもしれない・・・)


 私はそう思った。しばらくして倉田班長は私に目で合図した。それで一旦、私は倉田班長とともに取調室を出た。


「日比野。お二人にはお帰りいただく」

「えっ! しかし何も引き出せていませんが・・・」

「それはいい。ただし5分後だ。5分経ったらお帰りいただくんだ」


 倉田班長はそう言った。何か企んでいるようだが私にはわからない。それでも私は一人で取調室に戻った。そこであと5分、同じような質問を繰り返した。それには平造は嫌気がさしてきたようだ。


「さっきから同じことを何度も聞いているんだ! それならすでに答えている。もういいだろう!」


 平造は声を荒げた。そこで5分経過していた。


「今日はお手数をおかけしました。今日のところはお帰り下さい」


 私がそう言うと、平造は授里愛じゅりあを抱きかかえるようにして取調室を出た。だがそこには・・・。


「気をつけてお帰り下さい。その前に授里愛じゅりあさん。この方を知りませんか?」


 廊下には倉田班長と手錠をした英子が立っていた。顔を上げた授里愛じゅりあは驚いていた。


「さあ、どうなんですか?」


 倉田班長がさらに尋ねた。だが授里愛じゅりあが答える前に英子が口を開いた。


「このお嬢さんが知るもんですか! 私のようなだらけの手をしている女なんて・・・」


 すると急に授里愛じゅりあがしくしくと泣き出した。平造は彼女を慰めながら私たちに言った。


「警察は一体どういうところだ! 犯罪者と対面させるとは! 厳重に抗議してやる!」


 平造は怒りながら授里愛じゅりあと帰っていった。一方、英子は下を向いてささくれた手をじっと見ていた。

 私は英子が言った「さかもげ」という言葉が気になった。そんな言葉を聞いたことがない。方言なのかもしれないが・・・。この言葉に授里愛じゅりあが確かに反応したように見えた。一体、どうしてなのか・・・謎は深まるばかりだった。



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