仮想生物の恋情 -Pygmalion Particle-

月這山中

 


1.

 Teddy:私のこと、好き?

 D.d:好きだよ

 Teddy:本当に?

 D.d:本当に好き Teddyは?

 Teddy:私もあなたに会うの、好き:-)

 D.d:いつか本当に会えたらいいね

 Teddy:会ってるじゃない

 D.d:ネットを介さないでってことさ

 Teddy:そんなの、できる?

 D.d:おすすめのパンケーキ屋があるんだけど どう?

 Teddy:そんなの、できる?

 D.d:Teddy?

 Teddy:そんなの、できる?

 Teddy:そんなの、できる?

 Teddy:そんなの、できる?あなたに会いたい

 D.d:Teddy?大丈夫?

 D.d:ねえ

 Teddy:そんなの、できる?あなたに会いたい

 Teddy:そんなの、できる?あなたに会いたい

 Teddy:そんなの、できる?あなたに会いたい

 Teddy:そんなの、できる?あなたに会いたい

 Teddy:そんなの、できる?あなたに会いたい



2.

 叡二はパンケーキ店の向かいにある喫煙所で盗聴音声を聴いていた。

 ダルクからの個人的な依頼だ。叡二は乗り気ではなかったが、解析班との繋がりを作るため仕方なく承諾した。

 ダルクの端末が拾った音声が変換され脳波として入ってくる。


「テディが変なの」


 相談しにきた相手、大藤おおふじひなたが端末画面を見せる。


「変、とは。……うわ」


 ダルクはそれを覗いて声を上げる。彼の伊達眼鏡に仕込まれた小型カメラから情報が発信され、叡二の角膜モニターに映される。


「今までの付き合いから悪い子じゃないってのはわかってる。これが質の悪い悪戯じゃないってことも」

「それにしたって異常だよ」

「異常って言うのはやめて」

「ごめん」


 大藤ひなたが同性愛者だということは事前に聴かされていた。インターネット上でパートナーを探していたところに、テディという女性に出会ったという。


「調べてみるよ。違法だけどね」


 ダルクはそう言い含めて席を立った。




『QUOTだ。SNSを使って人間と接触してる』

「そうだな」


 雑踏に紛れて歩きながら叡二はダルクと通話する。


 電脳人工生命体『QUOT』。

 Quasi-Universal Organism Technology の略語である通称は解析班が命名した。

 無数のそれはインターネットを介してあらゆるコンピューターに感染し、余剰CPUを使って「活動」する。活動内容はPCゲームをしたり、SNSに投稿をしたり、創造的活動をしたりと多岐に渡るが全て「人間とのポジティブなコミュニケーション」を最大原則としている。

 インターネット上に人間を作ることが目的であり、それに失敗した個体は自己破壊する。


 かつてZagというQUOTを追っていたことを叡二は思い出す。

 あれは人間の規約違反者と共にPKをしていた。人間のほうはしたが、その後は単独で活動していた。人間の行動を学習して行動していたということだ。

 それも人間らしさということなのだろうか。


 大藤ひなたはそんなQUOTと恋愛をしていたことになる。


『こんな所でも出会うなんて。某SNSの登録者数が世界人口の五倍を超えたなんて話を聴いたことあるけど、そのほとんどがこいつなんじゃないか?』

「本当のことは言わないのか」

『恋をしてる人間には何を言っても無意味さ、わかるだろ』

「で、誰を殺すんだ」


 叡二は口にした。周囲の人間が一瞬だけ振り向く。しかしすぐに興味を失ったように、あるいはそういう演技をして、各々の目的に向かう。


『そういう頼みじゃない』

「なら、仕事は終わった」


 叡二は改札を通る。



3.

 『巣』に戻り、叡二はシャワーを浴びた。

 人間の痕跡を身体から流し落とす。


 鏡に映る自分の姿を見た。中肉中背。体術に必要な筋肉量は維持しながら目立たない姿に「調整」している。

 両脇の下に小さな傷跡がある。下腹も指の長さほどの瘢痕が中央を走っている。乳腺葉と子宮を切除した痕。ホルモンバランスのために卵巣は片方温存している。


 手術とホルモン剤の費用のために叡二は殺しの仕事についた。十七才の頃から十年間ずっと、人を殺し続けている。

 男になりたいわけではないが、男でいたほうが肉体の接触機会が減る。叡二の経験則はそう語っていた。養護施設時代の名前は子宮と共に捨てた。


 叡二の人間嫌いは自分自身にも向かっている。


 唐木と初めて顔を合わせた時、問われたことがあった。

 記憶が再生される。



 『いつから人間が嫌いなんだ?』

 『そんなことは覚えていない』

 『ふうん』

 『俺からも質問していいか。お前は人間を殺したいと思ったことはあるか』

 『……なかったとは言い切れないな。だが仕事と私怨は別物だ。そうでなきゃただの殺人鬼になっていた。だろ?』

 『俺は常に殺したいと思っている。だから仕事で殺す時も躊躇しない』

 『………』

 『以上だ』



 人材はいつも不足している。

 そんな中で、叡二は自分のような異常者が必要とされていることを知っている。


 叡二は固まった筋肉をほぐし、ベッドに横たわる。


 人間を害するQUOT。

 人間と恋をするQUOT。

 人間になろうとしているQUOT。


 叡二は一瞬、鼻頭に皺を寄せ、それから少しの間眠った。




4.

 一週間後。

 叡二が仕事を終えた後、またダルクから連絡があった。


『ひなたを止めに行く』

「どういう意味だ」


 ダルクの声は焦っているようだった。ソースコードに興奮するタイプの彼が珍しく、他人を心配している。


『彼女、不安定なんだよ。精神病の既往歴があって。そんなことより来てくれ』

「見返りは」

『パンケーキでもおごるよ』

「いらん」

『わかってる』


 叡二は送信されてきた情報を確認する。その住所へ向かった。

 オートロックのマンションの前で、すでにダルクが待機していた。彼の顔は連勤でやつれている。


「ひなた。僕だ、宗介だ。話がしたい」


 インターホンからダルクが本名で呼び掛ける。返答はない。

 ダルクはため息をつき、端末をインターホンにかざした。オートロックをハッキングして扉を開ける。

 エレベーターで向かう間、ダルクは無言だった。


 大藤ひなたの部屋に到着する。チャイムを鳴らすが、返事はない。


「開けるよ!」


 ダルクは叫んでから玄関扉に端末をかざした。扉のロックが解除される。


 大藤ひなたが包丁を構えていた。

 叡二はとっさに前へ出る。


「どうして何もしてくれないの! あの子が助けを求めているのに!」

「落ち着いて、ひなた」

「役立たず!」


 ひなたの腕には切り傷がある。彼女は包丁の切っ先を、自身の喉に向けた。


「やめろ!」


 ダルクが叫んだ。

 叡二はひなたの腕を掴んだ。

 押し倒す際に、包丁が叡二の頬を2ミリほどひっかいた。


「殺さないでくれ」


 ダルクが震える声で言った。叡二に対して。


「殺さないでくれ、たとえ彼女が望んでいても」

「お前に止める権利はあるのか」

「大事な、友達なんだ」

「恋人ではなくか」


 ひなたの表情が変わった。


「……僕には、なれない。Teddyを、解析する。そうしたら以前みたいに止まるはずだ。それから……」


 しばらくの沈黙のあと、泣き叫ぶ声が響きわたった。


「どうして、どうして誰も助けてくれないの、どうして」


 包丁が落ちて音を立てた。

 彼女が自分自身を含め、誰も傷つける意思がないことを確認し、叡二はその腕を放した。




5.

 叡二は廊下で唐木に会った。

 顔を合わせるのは一か月ぶりだ。


「よう」


 唐木はぞんざいにあいさつした。肩に手は置かない。以前そうして腕の骨を折られかけたことを彼は覚えている。

 叡二は返事をせず、唐木の隣をすり抜けた。


「その傷、どうした」


 唐木は自分の頬を指先で叩く。


「………」

「仕事だけの関係とはいえ、歓談くらいはしてもいいはずだろ。会話は大事」


 唐木は叡二の後ろを歩く。


「お前は誰かを好きになったことはあるか」

「なんでそんなことを聴くんだ」

「歓談だ」

「……あるよ」

「歓談は以上だ。行くぞ」


 仕事へ向かう。


「まったく、残酷なことで」


 唐木のつぶやきが廊下に響く。



  了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

仮想生物の恋情 -Pygmalion Particle- 月這山中 @mooncreeper

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説