第40話


「おーい、大樹さーん」


 ちょっと楽しげに、玲王れおが叫びながら手を振った。

 

 ところが、わずかに頭を動かしただけで、大樹は返事をしなかった。

「なんだよ、ノリが悪いなあ」

 そう言いながら、玲王はもう一度叫ぼうとしたのか、背伸びをして――そしてふいにしゃがみ込んだ。


「あれ? どうしたの?」

 玲王は返事をしない。その上、そのままぐなゃりと地面に横になってしまった。


「な、なんだよ、おまえ」

 元太郎はちょっと腹が立った。

 全く、若いやつの行動は理解できない。

 

 と、玲王が顔をこちらに向けた。

「もは、た、ろうさ――」

 そしてかくりと首を折ると寝てしまった。


「お、おい。こんなとこで寝るな。何考えて――」

 と、元太郎の意識が遠のいてきた。


 香里奈。


 そう叫んでしまった気がする。


 果里奈は舟に乗っていた。

 小さな舟だ。

 その舟の中で、果里奈は叫んでいた。

――助けてー!


「わっ?」

 目が覚めた元太郎は、叫んだ。

 顔に緑色の葉が、覆いかぶさっていたのだ。

 思わず払いのけると、

「やめろ!」

と、乙部さんに怒鳴られた。

 

 覆いかぶさっていたのは、乙部さんの背中の皮膚だったようだ。元太郎が払いのけたせいで、乙部さんはごろりと転がりってしまった。


 その乙部さん、両手両足を重そうな手錠で拘束されている。

 

 あらためてまわりを見回した元太郎は、

「な、なんなんだよ、これは」

と、呟いていた。

 

 大樹も晃さんも、李衣斗先生も、ほかのみんなも、乙部さん同様手錠で拘束されているのだ。

 みんな窮屈そうな姿で、ひと塊になっている。


「どういうことだよ!」


 怒鳴って、はたと自分を見返すと、やっぱり拘束されている。


 元太郎はまわりを見渡した。

 さっきの広場だ。陽がさんさんと降り注いでいる。

 違いといえば、怪獣たちのまわりを大きなトラックが取り囲んでいることだ。といっても、人間たちのトラックだから、せいぜい怪獣の身体半分ほどしかないのだが。

 

 一台、二台――数えてみると八台ある。


「やられたよ」

 乙部さんの横で背中を丸めている大樹が言った。

「さっきの注射で、みんな眠らされちゃってさ」

「気がついたら、こうなってたんですよ」

と、怜王。


「迂闊だったよなあ」

 晃さんがため息をついた。

「油断しすぎてしまいましたね」

 そう言ったのは、李衣斗先生。

 翔はうなだれて、言葉もない。

 雄太は、何度も、

「クソッ、クソッ」

と、呟いている。


「検問所を通ったときは、友好的だったんだよ。橋をかけてやりたいって言う俺たちの話を、検問所の職員たちは感激して聞いてたんだ」

 大樹がみんなをなだめるように、言った。

「それなのに、こんな卑怯な手を使われるとは」

「だ、だいじょうぶだよ。こんな手錠――」

 元太郎は自分の手錠を掴んだ。


 俺たちは怪獣だ。こんな手錠なんかぶっ壊せる。


「あ、あれ? 取れない……」


「無理だよ」

 晃さんがふたたびため息をついた。

 

「おまえが目覚めるまでに、みんなで散々いろいろやってみたんだ。でも、びくともしなかった。やっぱり、人間たちの造るものは性能がいいよ」

「感心してる場合ですか!」

 元太郎は諦めきれず、もう一度手錠と格闘した。


「いたっ」

 格闘すればするほど、手錠が肌に食い込んで痛い。

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怪獣の結婚 popurinn @popurinn

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