第39話
注射が痛かったらどうしよう。
そんな元太郎の不安は杞憂に終わった。
人間の注射ときたら。
笑ってしまう。まるで針だ。いや、注射の先は針ではあるが、怪獣のそれとちがって、細いし短いし、とにかく小さいのだ。
前に立つ怪獣が打たれるのを見て、元太郎はニヤニヤしてしまった。
あれなら、打たれても気づかないんじゃないか?
悠々と順番を待ち、元太郎は知らない間に注射を済ませることができた。
「検査はニ、三十分で終わるらしいから、この場で待機するようにだと」
大樹が知らせてきて、元太郎たちは広場で待つことになった。
乙部さんと晃さんはその場で寝転がった。これまでの段取りで、二体ともすっかり疲れてしまったのだろう。乙部さんなど、老体に鞭打って、よくがんばってくれたと思う。
大樹は雄太とサッカーを始めた。どういうつもりか、サッカーボールを持ってきたようだ。何もない広場だ。サッカーをするには格好の場所かもしれない。
ほかの四体は、李衣斗先生を囲んで何やら話し込んでいる。
元太郎は散歩に出ることにした。
地面には芝生が敷かれている。歩いてみると、広場には緩やかな傾斜があるのがわかった。
丘になっているようだ。徐々に登っていった。
しばらく行くと、ふいに急斜面が現れ、元太郎は手をついて登った。そして体を起こした途端、
「わあ!」
思わず声を上げた。
人間の町が見える。
「きれいだ」
オレンジ色の小さな屋根がT16――人間の町ではなんと呼ばれているのか忘れてしまったが――に沿って続いている。整然と並んだ建物は、モザイク画のようだ。
オレンジ色が途切れると、鏡面のような川が見え、青みがかった高い建物が子どもが並べた積木のように出没している。
ビル群らしい。キラキラ輝いて見えるのは、ビルの硝子窓が陽の光に反射しているせいだろう。
あのどこかに、果里奈がいるんだ。
そう思うと、眼下に広がる町がとてつもなく夢に溢れている気がしてくる。
これから襲撃しようとしているのを忘れて、元太郎はうっとりと人間の町を眺めた。
なるべくこの町を壊したくないと思った。果里奈さえ救い出せれば、元太郎に人間の町に対する恨みはない。バーバー・ゴジラは襲撃されて多少壊れたが、だからといってこの町をドスドス動き回って壊してしまうのは違う気がする。
「ここにいたんですか」
後ろから声をかけられて、元太郎は振り返った。
大樹の会社の従業員、怜王だった。
「きれいですねえ」
怜王も呟く。
「そうなんだよ。やっぱり人間たちはすごいな」
「そうですね。だからって、横暴は許されませんけど」
きっぱりした物言いに、元太郎はたじろいだ。
大樹の考えに賛同し、この計画に乗ったのだ。人間たちを懲らしめたいという強い意思がありそうだ。
「ほら、あそこ」
怜王が指差した。
怜王が指差したのは、ビル群の中にある一際目立つ建物だった。ほかの建物より敷地面積も広く、高さもある。
銀色だった。特殊な建材でも使っているのか、風に表面が波打つように見える。
「あそこを狙う計画なんですよ」
「そ、そうなの?」
知らないんですかと言いたげな、呆れた目で見返された。
「皇の内です。ほかの建物と違って、緑に囲まれているでしょう?」
「うん、わかる」
「橋を架ける箇所はその先だから、橋を架け終えたら、あそこへ突撃する計画なんですよ」
あの美しい建物を壊すのか。
そう思うと、かなり残念に思ったが、今更反対はできない。それに、おそらく、果里奈は皇の内にのどこかに閉じ込められているのだ。
「ふふっ」
ふいに怜王が笑ったので、元太郎は訝しんだ。
「何?」
「いや、腕が鳴りますよ。ガーンとひと払いできると思うと」
そう言って、怜王は野球のバッドを振るみたいに身体をひねって腕を回す。
おとなしそうな外見のくせに、ずいぶん好戦的なやつだな。
そう思ったとき、
「あれ?」
と、怜王が声を上げた。
「どうしたんだろ」
怜王は後ろを見ている。検問所の辺りだ。
「なんだよ」
「大樹さんまで寝てる」
見ると、乙部さんと晃さんの横で、大樹と雄太が寝転んでいるのが見えた。
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