第36話

「百歩譲って、検問所を突破できたとして、ゴルフ場までどういう理由で行くんですか? 一体ならともかく、八体の怪獣がぞろぞろ、いや、ドスドスと向かうわけでしょう? 不審に思われますよ」


「それは考えてある」

 晃さんが、頷いた。


「あの川はね、下って行くとゴルフ場の横を通るんだ。ゴルフ場のまわりは畑になっていて、あの辺りから対岸に渡るにはかなり先まで行かなきゃならない。だから――」

「そこにも橋を掛けてやろうってわけですね」

 大樹が目を輝かせた。


「うーん、どうのなのかな。その作戦」

 元太郎は、せいぜいこんなふうにしか返せなかった。

 ほかにいい案など思いつかないし、ともかく、人間の町に入りたい。


「決まりだな」

 元太郎が黙ったところで、大樹がみんなを見回した。

「では、一本締めで」

 大樹が両手を胸の前に上げた。


 パン!といっせいに手が叩かれ、締めとなった。

 敬礼したり、一本締めしたり、一体どういう集団なんだよ。

 ちょっと遅れて手を叩いた元太郎は、先行きに不安を感じずにはいられなかった。



 決行の日は、十日後の月曜日に決まった。

 月曜は床屋の公休日。だから月曜にしてくれたのかと思ったら、

「世界を変える出来事は、大抵月曜日に起きるんだよ」

と言われてしまった。晃さんによると、昔、怪獣が人間の町に奇襲をかけたのも、ある冬の月曜日だったとか。


 何はともあれ、父親に休みの許可をもらわなきゃならない。月曜日は元々休みだが、二、三日はかかるかもしれないのだ。


瀧島たきしまに会いに行く?」

 旅行に出ると伝えると、父親はちょっと表情を曇らせた。

 瀧島というのは、昔、近所に住んでいた同級生で、小学校の三年生のとき、遠い町に引っ越した。


「なんでまた、そんなやつに会いに行くんだ? 何年も会ってないだろ?」

 瀧島は一時期頻繁にうちに遊びに来ていたから、名前は憶えてるようだ。


「結婚するんだよ、あいつ。で、式に出てくれないかって」

「何年も会ってないのにか?」


 不審に思われるのはわかっていた。

 だから、決めのセリフは考えておいた。


「奥さんの友達で、俺に会わせたい雌怪獣がいるんだと」

 案の定、父親の目が輝いた。


「その怪獣ね、恵比寿怪獣でおとなしいらしいんだ。それでなかなか相手が見つからないらしいんだな」

「行って来い、行って来い。店なんか二、三日おまえがいなくたって大丈夫だ」

 やはり、父親にはこの理由がいちばんだ。


 調子に乗って、元太郎は言ってみた。


「もうちょっと長くなっても構わない? 感じがよかったら、せっかくだから仲良くなりたいんだよね」

「おお、いいぞ」

 父親は上機嫌だった。


 それなのに、出発する日、店の前まで別れたとき、妙に寂しげだった。

 大樹たちが待つ集合場所に遅れそうで焦っていた元太郎は――何せ、当分の間戻れないだろうから、部屋の整理や、父親の夕食の買いだめなど、やることが山のようにあって――忙しなく当日を迎えたのだ。


「じゃ、行くよ」

「ああ、気をつけてな」

 そう言って、父親は、元太郎が道の角を曲がるまで、ずっと手を振り続けた。

 くるくると、変わらず回るサインポールの前で、仕事着の白衣を着て。


 後になって、元太郎は、何度もこの日の父親の顔を思い出すことになる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る