第35話

「十日ほど前だ。ファイアー通りを横切る桜川が氾濫したのを憶えてるか?」

 乙部さんが、みんなを見回した。


「憶えてるよ。上流でゲリラ豪雨があったんだ。人間たちの町に甚大な被害が出たんだ」

 かけるが言う。


「ああ、知ってる。桜川の氾濫は初めてのことだったんだよな。それで人間たち、慌てふためいたって」

 完全に他人事だ。実際、怪獣の町にはなんの被害もなかった。


「復興がままならないとニュースで見ましたよ。特に桜川に掛かっていた橋が」

「あけぼの橋―いや、最近はなぜかロンドン橋と呼ばれてるようだが、濁流に流されてしまった」

 季衣斗先生の発言を、乙部さんが引き取った。


「あの橋がいまだ掛けられていないのを、みんな、知ってるか?」

 乙部さんの問いかけに、季衣斗先生以外は首を振る。


「町の中にあるありきたりな橋だと思われていたロンドン橋なんだが、案外、地形が複雑らしくてね」

 乙部さんが説明を始めた。

「その上、あの二日後に、大規模な事故があっただろ?」


「発電所の爆発事故ですね」

 今度は大樹が答えた。

「そのせいで、ファイアー通りに沿った地域が大規模停電していたとか」

「そうだ。原因はわかっておらず、いまだ一部には電気が来ていない」

 人間たちの叡智を持ってでも、天災に対処するのは大変なんだろう。


「そこでだ」

 乙部さんが、みんなを見る。

「我々で、橋を掛けてやるのだ」


「ぎぐぁ?」

 雄太が、奇妙な声を上げた。野蛮怪獣は、ときどきこんなふうにうめく。


「橋を掛けてやるって、俺たちががですか?」

 大樹も驚く。

「そうだよ。俺たちにとっては、人間の町に流れる川に橋を掛けることなんか朝飯前だからな」

 そう言ったのは、晃さんだった。

「だってそうだろ? 怪獣の町から鉄骨を持ってってぽんと指先で川の上に置けば、もう橋の出来上がりだよ」

「そんな簡単なもんじゃないと思うけど」

 元太郎も口をはさんだ。全くこの連中、何を考えてんだ?


「とりあえずの橋でいいんだよ」

 晃さんは堂々たるもんだ。

「現状、電気もままならず、工事が進んでないんだよ。鉄骨の簡易な橋だって、渡れるようになればすごく助かるはずだ」


 だとしても、そんなこと、なんのためにやってやるんだよ?


 そう思ったとき、季衣斗先生が大きくうなずいて、言った。

「その鉄骨を運ぶという名目で、検問所を突破しようというんですね」


「ご名答!」

 晃さんが叫んだ。


「橋を造る鉄骨を運ぶために、検問所を通る……」

 大樹が呟き、そして目を輝かせた。

「いい考えかも。人間たちだって、橋を掛けてやろうっていう怪獣たちを通さないわけにはいかないわな」

 翔も雄太もうんうんと頷く。

「さすが、大樹さん。アイデアマンですね」

と、玲王が賞賛を浴びせ、

「俺のアイデアじゃないよ」

と、大樹がたしなめる。

 みんなすっかりこの作戦に酔っている。


「ち、ちょっと待ってください」

 元太郎はまたしても口を挟まずにはいられなかった。




 

 

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