第32話

「エッホンッ」

 咳払いをひとつしてから、元太郎は全員を見回した。


「ただいまご紹介に預かりました、バーバー・ゴジラの善田元太郎ぜんだもとたろうです。人間から襲撃を受けて以来、このまま黙って引き下がっていいものか、日々、自分に問いかけてきました」


 パチパチパチと、力強い拍手が起こった。


「思えば、何年も前から、人間の横暴によって、我々怪獣は肩身の狭い思いをしてきました。仕方のないことです。先の人間との戦争で――」

 父親の受け売りの、適当な言葉を並べる。冷や汗ものだが、みんな真剣に聞き入ってくれている。


「戦いに負けたのは、我々怪獣です。負けた以上、勝ったものたちのルールに従うしかないし、できない我慢もしなくてはならない。しかし――」


 ここからなんて言おう。

 何を言えば、香里奈救出の展開に持っていけるのか。


「やっぱり、おまえも俺とおんなじ考えだったんだな」

 大樹が潤んだ瞳で、元太郎の肩をたたいた。


「よかったよ、やっぱ、おまえを誘ってさ」

「う、うん」

「床屋で髪を切るしか脳のない男だと思ってたが、大きなことを、全体のことを考えてたんだな」


 お客さんの髪を切るしか脳がなくて、何が悪い。

 それがいちばん大切なことじゃないか。


 だが、ここで、みんなの興を削ぐ話はなしだ。


「もう、反撃のときが来ているんじゃないか。わたしはそう思います」


 一段と熱い拍手。


 隊員3の希依斗きいと先生を、ちらりと見た。

 先生、止めて。

 今ならまだ間に合う。

 先生は頭がいいんだから、暴力で訴えるより、ほかにいい方法があるとわかるでしょ?

 

 いや、止められちゃだめなんだ。

 香里奈を救い出すために、なんとしてでも人間の町を襲わなくては。

 

 希依斗先生も、熱く元太郎を見つめている。

 元太郎の演説を遮る気はなさそうだ。


「そこでわたしは考えてたのです。まずは、わたしを襲撃したやつらに復讐すべきだと。みなさんにもわたしにも、人間たちから奪われた怪獣たちの自由や尊厳を取り戻したいという大義がある。しかし、大義の前に、まずはわたしの店を襲ったやつらを見つけ出したい。店を壊され、茫然自失となってしまったわたしの父の――」


 ここで、本気で、胸が詰まってしまった。


 ふいに、子どもの頃、開業したばかりのバーバー・ゴジラで、親子三人で記念撮影した日のことが蘇ってきたのだ。


 まだ真っ白、新品の白衣を着た両親に挟まれて写真を撮った。父親ときたら、新調したハサミを手にしてたっけ。


「まずは、そんな父親の無念を晴らしたい。それが息子としてできる精一杯の」

「わかった、わかったよ、元太郎」

 せっかく、これから、どこに襲撃すべきか言おうとしたのに、涙声の大樹に遮られてしまった。


「おまえの気持ちはよくわかった」

 盛大な拍手。

「あ――でも」

「おまえの無念を晴らすべき戦いの相手はわかってる」

「え? そうなの?」

 すでに、襲撃の先は決まっているのか?


「メンバー紹介はこれくらいにして、そろそろ具体的な作戦に移ろう」


 大樹が、

「ちゅうもーく!」

と叫んだ。

 全員が、輪の中心に集まる。

 元太郎も慌てて走った。


「これから作戦会議を始める」

 物々しい声で大樹が言うと、晃さんが一歩前に進み出て、バサリと大きな紙を広げた。


 な、なんだ?

 顔を近づけると、広げられたのは地図だった。

 端が千切れて、ボロボロの地図。

 まるで、子どもの頃、秘密基地を作って遊んだとき、広告紙の裏側をつかって手書きしたやつみたいだ。


「まずは、ここを襲う」


 厳粛な面持ちの晃さんが、言い放った。


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