第29話

「よ。元太郎」

 大樹にスパイ同士が交わすみたいな視線をなげたあと、晃さんは、ついでみたいに元太郎を見た。


「こんばんは」

「首尾は」

 晃さんは、元太郎の挨拶返しを無視して、大樹に問う。


「抜かりはありません」

「うむ」

 またまた鋭い視線で、晃さんは大樹に頷いてみせる。その様子は、話したいことがあるのに、言えない。そんな感じだ。


「あ、だいじょうぶっす。こいつも仲間に入りました」

「え」

 驚いて、晃さんが元太郎に向き直る。


「おい、挨拶しろよ。晃さんは俺たちの部隊の作戦担当なんだからな」

「作戦……」

「そうビビるな。行き当たりばったりで人間の町を襲うわけにはいかないだろ? みんなそれぞれ役割があるんだよ」


 ビビったわけじゃない。作戦担当に晃さんというのに驚かされたのだ。

 晃さんという怪獣を、そう詳しく知っているわけじゃないが、父親に年齢が近い晃さんという怪獣については、父親から何度も聞かされている。

 

 付和雷同。


 要するに、自分の考えがなく、人の意見にすぐ賛同してしまうというのだ。


 まさに、父親の言ったとおりだと思った。そんなタイプの怪獣が、作戦なんか練れるだろうか。決定できるだろうか。


 大体、宇宙党について憤慨していたのに、その問題はどうなったのだ?


「仲間に入った以上は、ちゃんと命令に従ってもらうぞ」

 低く、晃さんが言った。

「おまえはちょっと頼りないが、兵にいちばん大切なのは、上からの命令に従って動く従順さだ。そう考えると案外向いているかもしれん」

 勝手に決めるな。

 そう思ったが、元太郎は何も言えなかった。

 妙に芝居めいてみえるが、緊張した二体の間にあって異を唱えられる雰囲気じゃない。


「第一回目の作戦会議の日程なんだが」

 晃さんが、スマホを見た。

「明日の十一時で変わりないかな」

「ああ。場所の変更もない」

 そして大樹はドンッと元太郎の背中を叩いた。


「来いよ」

 一瞬ふらついた元太郎は、大樹を睨む。

「十一時? 無理だよ、店の営業中じゃないか」

「オヤジさんに頼めよ。そう立て込んでる店でもないだろ」

「店の仕事なんかより重大な任務だぞ」

 晃さんが真顔で言う。


「どこなんですか、集合場所は」

 訊いてしまって、ああ、なんて俺は流されやすいんだと落ち込む。


「トインズの倉庫だ」

「トインズ?」

 大樹に訊き返す。トインズはホームセンターだ。元太郎が果里奈のために諸々の品を買った場所。


「ああ。あそこの乙部さんも兵の一人だからな」

「乙部さん? だってあの人、いい年なんじゃ」

 ホームセンターの従業員の乙部さんの、枯れ木を思わせる風貌が蘇った。 

 戦う姿など想像できない。流れ弾に当たって倒れる姿しか……。

 

 途端に、晃さんに睨まれた。

「年齢なんか関係ないんだよ。要は、どのくらいこの町を愛してるかだ」

 黙っていると、

「そうだろ?」

と、念を押された。

「そうかも――そうですね」


 ともかく、人間の町を襲うメンバーの自分以外三人ははっきりした。不動産屋の野蛮怪獣、大樹。電気屋の恵比寿怪獣、晃さん、そして、ホームセンター・トインズの従業員で、天然怪獣の乙部さん。

 あまり頼りになりそうにない顔ぶれだ。


 ほかのメンバーはどんなヤツなんだろう。

 そう思ったとき、大樹が連れている犬が吠え出した。


「わかった、わかった」

 犬に声をかけた大樹は、ふいに姿勢を正して、

「では、失礼します!」

と、片手の先をこめかみに当てて敬礼した。

 即座に晃さんも敬礼を返す。

 仕方なく、元太郎も同様に片手を上げた。


 




 

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