第25話
果里奈に電話してきたのは、誰なんだろう。
「おお、あったか」
右手で父親にボンドを渡し、左手にはスマホを握りしめたまま、元太郎は呆然としたままだ。
この小さなスマホは、果里奈の行方を知る手がかりになるかもしれない。
爪の先で闇雲に触ってみたが、着信の光が点滅するばかりで、画面を開くことはできなかった。
当然ながら、ロックされている。
解除ができれば。
それは無理だ。肌の突起が、気持ちと連動して震える。
果里奈のことはほとんど何も知らない。どんな方法でロックしているのか、手がかりは皆無。
「何やってんだ?」
父親が顔を上げて、元太郎を仰いだ。
「ほれ、手伝え」
仕方なく元太郎はしゃがんだ。伸ばしたビニールクロスの端を持ち、父親がボンドを裏側に塗る。シンナーの匂いが立ち上って、
「ゲホッ」
とむせた。
そのときだ。ふいに、スマホが鳴り出した。
ヒホホン、ヒホホン。
なんだが間の抜けた音。怪獣の町で持つスマホの着信音とはずいぶん違う。
ヒホホン、ヒホホン。スマホは鳴り続ける。
「うるさいぞ、さっさと出ろ」
俯いたまま、父親が怒鳴った。
「わかってるけどさ、出れないんだよ」
「なんでだ」
「ロック解除ができないんだよ!」
腹が立った。誰よりこの電話に出たいのは、元太郎自身だというのに。
相変わらず息子の気持ちを無視している父親にむしゃくしゃして、元太郎はクロスの端を放し、立ち上がった。
こんなことやってられない。大体、どうだっていいんだ、こんな古い家。店ならともかく、奥なんかどうとでもなれだ。母親が死んで以来くすぶっていた気持ちが沸き上がる。
「おい、ちゃんと持て!」
怒鳴り声と同時に、父親にスマホを取り上げられた。
「なんだ、このちっちぇえスマホは!」
いまにも掌で潰しそうだ。
「おまえのスマホか?」
「……」
依然、ヒホホン、ヒホホンと鳴り続けている。
「とにかく、うるせえぞ!」
そして父親が果里奈のスマホの画面を指でなぞった。スーッスーッと、太い人差し指だけで、老いた怪獣特有のやり方で。
すると――。
画面が開いた!
「な、なんで解除できたんだよ」
「パスワードを入れればいいんだろ?」
「そ、そうだけど、そりゃ。でもなんで、パスワードを知ってるんだよ」
「知るか。おまえの頭ん中なんか、こんなもんだろ」
そう言って、父親は店の鏡の横に張ってあるバーバー・ゴジラの電話番号を指差した。老いた客が見やすいようにと、紙には大きな文字が書かれている。
「――あの番号だったの?」
信じられなかった。
なんで果里奈のスマホのパスワードが店の電話番号なんだ?
「早く出ろ」
父親に言われて,鳴り続けているスマホを元太郎は呆然と見つめた。そして、電話に出ると――。
「あたしよ! 果里奈!」
大げさじゃなく、涙が出そうになった。
果里奈だ、果里奈の声に間違いない。
「だいじょうぶ?」
元太郎はスマホを耳に当てたまましゃがみこんだ。
「馬鹿野郎! そこにしゃがむな!」
元太郎は、ボンドがつけられたクロスの上にしゃがんでしまった。クロスは伸ばされていない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます