第23話
――悪いことなんかしてないもん。
果里奈はそうも言っていた。
全面的に信じたわけじゃない。悪いことをしないで、銃で狙われるなんて有り得ないだろう。
とすると、どんな悪いこと?
泥棒?
ケチな盗みで銃まで持ち出すだろうか。
ケチな盗みじゃなかったら? たとえば、金塊を盗んだとか。
まさか、映画じゃあるまいし。
となると、考えたくはないが、殺人?
これがいちばん妥当な気がする。それで誰かの恨みを買って銃で狙われた……。
いや、いや待てよ。
元太郎は天井を睨んだ。
それなら、海で射殺されたはずだ。連れ去ったということは、果里奈から何か情報を聞き出したいんだろう。
情報って――。
そのとき、ふと、
――皇の内
そう呟いた果里奈の声が蘇った。
人間の町で警察組織のある場所。果里奈はそこから来たと言った。
果里奈は皇の内の組織の一員なのだろうか。
想像できなかった。あの小さな果里奈が警察組織にいたなんて。
だが、小ささはほかの人間も同様なのだから、果里奈が身体の大きさで当てはまらないということはないんだろう。
もしかすると、特別な訓練を受けていたりして。
なんか、かっこいいな。
思わずにやけてしまってから、元太郎はブルルッと頭を振った。
そんなはずない。特別な訓練を受けている組織の者なら、なんで、怪獣の町へ逃げ出してくるんだ? まして、隠れる場所として床屋を選ぶか?
いったい、何がどうなってるんだ。
考えても答は出て来なかった。
といって、このまま果里奈と出会わなかったとして生きていけそうになかった。ほんの短い間ではあったが、果里奈の登場は世界を変えたのだ。
大げさに言ってるんじゃないと、元太郎は思う。
ここ数日の、張りのある日々。平穏だがなんの変化もなかった毎日。父親と並んで、同じ顔触れの客に同じカットをして一日が過ぎていた。そうやって、あと何十年も生きていくのだと思っていた。
一時期、父親に結婚相手を探せとせっつかれたこともあったが、最近はそれも治まってしまった。二人でいるほうが気楽だと、父親も思い始めていると思う。
戻りたくない。
元太郎は強く思った。
果里奈のいる生活を知った今、元の退屈な毎日に戻るのはごめんだ。
果里奈を取り戻そう。
ふたたび元太郎は、ガバと起き上がった。
だが、どこに行けばいいのか。
――果里奈は人間の町にいるに決まってるじゃないか。
もう一人の元太郎が、ささやきかけてきた。
そうなんだ。きっと果里奈は、人間の町に連れ戻され、そして皇の内のどこかにいる気がする。
わかっているのに、この答を押しやっているのは――怖いからに他ならない。
怪獣が人間の町へ行くとどうなるか。
子どもの頃から聞かされている。すぐに捕まえられて、実験台にされるのだと。そして実験が終わると、注射を打たれて殺されると。
ほんとうかどうかは、知らない。
ただ、知り合いには、たったの一人も、人間の町へ行ったことがあるやつはいなかった。昔、人間の町との戦争があって以来、行き来はほとんどなくなっている。人間と怪獣の共存は無理だと、双方が納得しているのだ。
ましてや、現れた怪獣が向かうのが皇の内と知れたら。
絶対に捕まる。ロープかなんかでぐるぐる巻きにされて、鉄格子の中へ入れられるだろう。もちろん、人間の町に、怪獣が入れる鉄格子があればの話だけれど。
「おい、元太郎!」
階下で、父親が叫んだ。
「あれ、どこだ? この間買ったあれ」
あれじゃわかんねえよ。
苛立って両手で耳を塞いだ。
今はそれどころじゃないんだよ。
怒鳴り返すのさえ億劫だ。
と、元太郎は耳から両手を離した。
もし、人間の町で捕まったら帰ってこられないだろう。そのとき、父親はどうなるのだ?
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