第22話

「警察?」


「ああ。最近変わったことはなかったかってな」

「な、なんでそんなこと――」

 いままで、近所のおまわりさんがそんな見回りをしてくれたことなどあっただろうか。


「それもな、大通りの交番のおまわりさんだけじゃないんだ。もっと上のほうっていうのかね、ビシッとしたスーツなんか着てるのが後ろにいてさ」

「二人で来たのか?」

 ますます、有り得ない。


「この前の襲撃のその後について訊きたいって言われたぞ」

「で、なんて答えたの?」

「何も変わったことはありませんって言ったさ」

「だよな――だよな」

 

 父親の目が、訝しそうに見張られる。


「なんだ、おまえ。何をそう安心したみたいに」

「あ、安心するよ、そりゃ。そうやって見回ってくれれば」

「まあな。いわれのない襲撃を受けたんだからな。台風が通り過ぎたとおんなじだ」

 

 台風は過ぎていったあとも、そこかしこに爪痕を残す。

 まさに、今の自分の状態がそれだと思った。果里奈が連れ去られた。まだ襲撃の続きがあるのだ。台風一過とは思えない。


「風呂、どうする」

 父親が叫び、

「いらない」

と返して、速足で階段を上った。

「そのままだと風邪をひくぞ!」

 元太郎は部屋のドアをバタンと閉めた。

 風呂どころじゃない。考えなくてはならないことがたくさんあるのだ。



 着ていたものを脱ぎ捨てると、元太郎はベッドに体を横たえた。そして、はっと体を起こして、ベッドの下を覗き込む。

 

 果里奈が戻っていたりして。

 

 だが、当然ながら、果里奈の姿はなかった。埃っぽくのっぺりとした床が見えるだけだ。


 果里奈がいない部屋。

 

 それだけで、この部屋がなんの意味もない空間に思えた。父親にバレやしないかと、緊張の連続だったが、なんて楽しい日々だっただろうと思う。


 小さな果里奈。掌の上にのせると、こちらを見上げて懸命にしゃべっていた果里奈。


 果里奈が生活をするために、なんでも小さくしてやらなければならなかった。食事も風呂も、すべてミニチュアサイズだった。

 ちっとも面倒じゃなかった。

 果里奈の喜ぶ顔を見ると、いいようのない幸せな気分になれて――。

 

 そうだ、段ボール!

 元太郎はガバッと起き上がった。

 車の中に、果里奈が暮らしていた段ボールを忘れてきてしまった。

 取って来よう。

 ベッドから足を下ろしたものの、すぐにやめた。空の段ボールなんか持ってきたって仕方がない。

 

 それより、今はもっと考えなくては。


 果里奈はどこに連れ去られたんだろう。

 

 

 天井を睨みながら、元太郎は推理した。

 普通に考えて、人間の町のどこかだろう。

 それは、どこか。


 何か、果里奈との会話の中に、連れ去られそうな場所のヒントはないか?

――戻ったら、殺される。

 ふと、果里奈の声が蘇って、元太郎はぞくりと体を震わせた。

 

 もし、もしだ。果里奈は銃で狙われたやつに連れ去られたとしたら?

 

 

 今頃、殺されてるんじゃ。


 この想像は、元太郎を震撼させた。

 果里奈が死ぬなんて!

 あの小さくてかよわい果里奈が銃で撃たれるなんて!

 

 思わず両手で顔を覆った。

 そんなこと、ダメだ。絶対に、許せない。

 

 と、ふと、元太郎は気づいた。

 銃で殺されるなら、ヘリコプターで連れ去るなんておかしい。海の上で撃ち殺して、そのまま飛び去ればすむはずだ。

 

 ということは。

 果里奈はまだ生きている。

 元太郎の胸に、少しだけ希望が湧いてきた。


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