第20話
泳ぐにはまだ早い季節だというのに、砂浜には怪獣たちで溢れていた。パラソルがいくつも並び、ところどころでビーチバレーなのか、ボールが空に向けて弾む。
歓声や笑い声に満ちていた。
なんだかテンションが上がってくる。
「あっちに行ってみようよ」
香里奈が砂浜の先を指差した。砂浜の先には、橋でつながった島がある。その手前にはカフェや海の家が並んでいる。
香里奈は歩きたいと言ったが、人目、いや、怪獣目があるから運んでやることにした。街なかでは人間と怪獣が一緒にいることもごくまれにあるが、ビーチでなんて聞いたことがない。
「ほら、ここにいれば楽だよ」
香里奈をTシャツのポケットに入れた。これなら目立たない。
Tシャツから顔だけ出した香里奈は、たとえようもなくかわいかった。
「わあ、きれい!」
とか、
「あんな遠くに船が!」
などと感激してポケットの中で動くせいで、なんだか胸の辺りがくすぐったい。
橋に着くまでに、特別、ほかの怪獣たちにジロジロ見られたりなんてことはなかった。みんな自分たちの遊びに夢中で、通りすがりの怪獣のシャツのポケットなんかに目を向けないんだろう。
橋のたもとに建つカフェに入ることになった。砂浜の上だというのに、おしゃれな店だった。全体がログハウスみたいになっている。
砂浜にせり出したテラス席に座った。
すぐさま店員のかわいらしい怪獣がやって来て、
「お一人さま?」
と訊く。
「あ、うん、そうだね」
咄嗟に掌でポケットを覆う。
かすかに、
「いやー!」
と果里奈が叫んだように思ったが、無視した。怪獣たちが集まるビーチに、人間を連れてきてはいけない法律はないが、見たことも聞いたこともない。初めてのことには、必ず騒ぎが起こる。
「ご注文は」
何も気づかない様子の店員は、
と、笑顔だ。
果里奈は何がいいんだろう。訊きたいが訊くわけにはいかない。
ふと前方のビーチ最前列のテーブルに、大きめのグラスに青い液体が入った飲み物が置かれているのが見えた。
青い液体はどこか南の島の海みたいな明るい水色で、グラスの縁にはレモンが差してあり、その横に赤い花が添えられている。
あのグラスに果里奈がちょこんと座ったら絵になるよな。
「あれ、あれと同じのください」
「ブルーハワイですね」
店員はにっこりと笑って去っていった。
なんでこんなに気持ちのいい空なんだ。
元太郎は大きく伸びをして、水平線を見つめた。
海は、運ばれて来た飲み物みたいな色ではないけれど、空は、青い。
しかも、ソフトクリームみたいな雲が浮かんでいる。
そして目の前のグラスには、元太郎の希望通り、果里奈が縁に腰掛けてくれた。ストローに掴まって、足をぶらぶらさせている。
「こんな大きなストローじゃ飲めないな」
拗ねた口調で言うが、この状態を気に入っているのがわかる。しゅわしゅわと立ち上って来る泡をおもしろそうに眺めて、
「水色のプールにいるみたい」
と喜んでいる。
スマホを取り出して、写真を撮ろうと思った。
夏の一日。
SNSに投稿したら、バズるかも。
そんなことはできないが。
そう思ったとき、さっきの店員の女の子がテーブルにやって来た。
「あの――、バーバー・ゴジラの方ですか」
「へ?」
なんで、俺の事を知ってるんだ? 瞬間奇妙な感じがしたけれど、惰性で答えてしまう。
「そうだけど?」
「お知り合いの方がお呼びです」
「へ?」
ふたたび間の抜けた返事をした元太郎は、店員にうながされるまま席を立った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます