第19話

「あ、これは、その――」

 しどろもどろになったところで、果里奈がタオルの中で動いた。タオルに二つの突起ができて、すぐ萎む。伸びでもしたのだろう。


 ますます心拍数が上がり、顔のまわりのトゲが赤くなってパチパチと火花を散らした。緊張すると、元太郎の肌はこうなる。


「どうした?」

 昔からの知り合いだから、元太郎の体質を知り尽くしている。

「なんでもないよ」

「犬か?」

「ち、違うよ。いや、そうかもしれない」

「かもしれない? たしかに犬のわりには小さいな」

 怪獣の町では、犬も大きいのだ。


「もう行きますよ」

「おまえ」

 晃さんがじっとこちらを見つめてきた。

 ヤバい、バレたか?


「やっと飼えたんだなあ」

「へ?」

 窓を閉めようとした指先が思わず止まった。 

「子どもの頃、犬が飼いたいって泣いてたじゃないか。それを商売柄ダメだとオヤジさんに反対されてさあ」

 いつの話だ。

 構わず窓を閉めた。暇なやつの思い出話には付き合っていられない。

 まだ何か言おうとしていた晃さんを置いて、元太郎は車を出した。さっさと商店街を抜けなければ、晃さん同様の障壁がいくつ立ちふさがるかわかったもんじゃない。

 どうにか商店街を通り抜け、大きな道に出ると、元太郎はスピードを上げた。サンルーフが付いている車じゃないが、天井が開けた気分になった。



 海までは一時間ほどだ。

 有難いことに、渋滞はしていなかった。


「窓を開けるから、風に気をつけて」

 果里奈はシートベルトに掴まっていない。シートベルトを背もたれにして座っている。窓からの風が、果里奈の額にかかった髪を上げて、小さなつるりとしたオデコが見えた。

 髪に手をやってから、果里奈が言った。


「海が好きなの?」

「まあ、そうかな」

「じゃ、いっしょだね。だけど」

「なに?」

「怪獣でも海が好きなんだ」

「怪獣によるだろうけどさ」

「結構、驚いてる」

 そう言ってから、果里奈は段ボールの上で投げ出した両足を組み直した。


「なにを?」

「怪獣たちのこと知らなかったから」

 普通はそうだろう。

「人間の暮らしとこんなに似てるのね」

 段ボールの中から見えたのは、元太郎の生活だけ。それも断片的なものだ。


「こんなに似てるんなら、いっしょにしちゃえばいいのにね」

「人間と怪獣の町を?」

「前、見て」

 元太郎は慌てて顔を前に戻した。


「それは無理だと思うよ。根本的なところが違うとさ、うまくやれないよ」

 言ってみたものの、確証があるわけじゃない。たしかに怪獣と人間では体の造りやサイズに大きな差があるが、生活習慣や思考の仕方にどのくらい違いがあるのか。

 ただ、子どもの頃から、人間とは相容れないと教わってきた。学校でも家庭でも。

 だから、人間とはいっしょに生活できないと思い込んでいる。


「きゃあ」

 果里奈が叫んだ。弾んだ明るい叫び声だ。

 道のカーブに沿って、車が少し傾いたのだ。

「ここからカーブが続くから、しっかり掴まってよ」

 カーブの道を抜けたら、もう海だ。





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