第18話
「ちょっと出かけてくる」
元太郎は段ボールを抱えて店を横切りながら、父親に声をかけた。
「そんなもん持ってどこへ行くんだ?」
父親は店の奥で、寝転がってテレビを見ていた。休日はたいていそんなふうに過ごしている。
元太郎は返事をしなかったが、父親はさして気にする様子もなかった。いつも店で顔を合わせているから、休日はお互い勝手に過ごしている。
店に駐車場はなく、自分たちの車も遠くに置いてある。といっても商店街の店の裏の駐車場だ。廃業した金物屋が駐車場として貸している。
車は、青のスポーツカー。ちょっと派手めだ。父親は恥ずかしがって乗らないから、ほぼ元太郎だけの車といえる。
ドアを開け、段ボールを助手席に置いた。傍から見れば、箱を助手席に置くなんて変な感じがするだろが、まさかトランクに入れるわけにもいかない。そもそも、トランクに入れたらドライブをする意味がなくなってしまう。
段ボールの中から果里奈をひょいとすくった。
「箱の中からじゃ景色が見えないからさ」
段ボールの蓋を閉め、その上に座らせてやった。
「特別席みたい」
「特別席なんだよ」
ウキウキした。こんな気分はどれくらいぶりだろう。
転がっては危ないから、段ボールにシートベルトをかけ、ベルトに掴まるよう指示した。
そうすると、黒いベルトから、果里奈の上半身が覗いた。
まるで妖精みたいだ。
子どもの頃夢に見た、花の妖精。
人間という小さな生き物であるとわかっているのに、果里奈はただの人間には見えない。何か特別な存在に思える。
キーを回した。それほど頻繁に乗るわけじゃないからちょっと心配したが、エンジンの調子は良さそうだ。ガソリンもほぼ満タン。
海へ行く道路へ出る前に、商店街を通り抜けなくてはならない。知り合いに見つかるのはまずい。
「悪いけどさ、しばらくはこれをかぶってて」
用意しておいたタオルを渡した。
「わかった」
元太郎同様、果里奈のほうでも車に乗っているところを見られたくないのだろう。
早く商店街を抜けたいが、スピードを出すわけにはいかない。
数メートル進んだところで、早速、晃さんに気づかれてしまった。電気屋で恵比寿怪獣の晃さんだ。くねったマツみたいな体をした晃さんは、暇そうにしっぽを振りながら立っている。
「あれ? めずらしいじゃないか」
まるで交通整理をするみたいに、車の前へ立つ。こんなことなら、もっとスピードを出せばよかった。
「どこ、行くんだ?」
どこへ行こうと関係ない。こういうところが、生まれたときから同じ商店街で生きる面倒臭さだ。
「ちょっとね」
窓は開けないで、口パクで伝えた。早くどいてくれないか。
すると晃さんは、くるりと運転席側へ回ってきた。
トトッ。
窓が叩かれる。
仕方なしに、窓を開けた。
「その後、どうだ?」
車を止めるのは当然といった表情だ。
「どうって、何がです」
「何がって、宇宙党だよ、宇宙党」
「別に」
「何も言ってこないか?」
元太郎は首を振った。
「おかしいな」
「なんでおかしいんですか」
そう何度も襲撃なんかされたらたまらない。大体、宇宙党の連中の仕業だというのは、ガセだ。こっちには果里奈を折って来たのだというちゃんとした情報がある。口にするわけにはいかないが。
「宇宙党の奴らに、謝罪をしろと文書を送ったんだがな」
「ええ?」
そんなこと、したのか。
「父からは何も聞いてませんが」
「オヤジさんには言えてないんだよ、まだ」
「じゃ、うち抜きで事を進めたんですか」
「一刻を争うことだからな」
「だからって――、襲われたのはうちなんですよ」
そんなことを勝手にされて、仕返しされたらどうなるのだ。身に覚えのないことで謝罪しろと言われて、怒るなというほうが無理だ。
「そもそもですね」
話が長くなるのは嫌だが、これだけは言っておかなくては。
「僕は宇宙党の仕業とは思ってません。どこの誰が人間にあんなことをさせたのか――」
そこまで言ったところで、晃さんが、こちらに顔を近づけてきた。
「おまえ、何を運んでるんだ?」
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