第17話
「あいつら宇宙党は、ちゃんとした政党なんかじゃないんだよ。自分たちの都合で政党って看板を使っているだけなんだ。だから、私恨に党のツテを使って人間たちを雇ったんだよ!」
「まあまあ」
自分のことのように憤慨してくれる晃さんに感謝はしたいが、あまり怒りを募らせてもらっても困る。
晃さんが言うように、たしかに宇宙党の中には、過激な行動をする者もいるようだ。だが、ボランティアでゴミ集めをしたり、何度、市へ要請しても改善されない信号の青の時間が短い交差点で、年老いた怪獣を誘導するなんていう活動をしている者もいるのだ。
宇宙党の一部の暴走だとしても、彼らがやったという証拠が出れば警察も動き出すんじゃないか。
そこまで考えて、警察はまずいなと、元太郎は思い直した。果里奈に、警察には言わないでと言われているのだ。
「もう少し、様子をみますよ」
元太郎は落ち着いて言った。
「様子をみるって、またやられたらどうするんだ?」
怒鳴ったのは、父親だった。
「また硝子が割られて店の中が荒れたら、俺は許さないぞ」
「俺だって許すつもりはないよ!」
元太郎は父親を振り返った。
「だけど、証拠がないのに騒ぎ立てるのは嫌なんだ。大体、ほんとに宇宙党の指令だとして、人間が動くのか? 恨みを晴らすなら、人間なんか使わないで怪獣同士でやり合えばいいだろ?」
言われてみればそうかもしれないと、そんな思いが瞬間、父親の顔に浮かんだ気がした。
元太郎は、晃さんに向き直った。
「わざわざ教えていただいてありがとうございます」
「い、いや、いいんだけどさ」
晃さんは拍子抜けしたように、肩を落とし、それから父親に向かって、
「じゃ、オヤジさん、また会合のときに」
そう言って店を出ていった。
「やれやれ」
箒をふたたび手に取って、元太郎は思わずため息をついた。
「平穏に、いつもどおりに店を続けて行けさえすればいいんだ」
父親が、椅子の位置を直しながら、言う。
「ああ、そうだな」
返したものの、完全に同意はできなかった。
変化が起きているのだ。自分には。そしてバーバー・ゴジラにも。
相手のすべて知らなくても済ませられるものかもしれない。
相手のすべてを知らなくても、心を奪われることは、ある。
なぜ、追われているのか。なぜ、隠れていなくてはならないのか。
その後も、果里奈は理由を言わなかった。元太郎もあえて聞かない。
もちろん、ほんとうは知りたい。だが、心の奥で、知ったら果里奈がいなくなってしまうんじゃないかという不安がもたげる。
晃さんがやって来た次の月曜、元太郎は果里奈を外へ連れ出すことを思いついた。月曜は床屋が休みだ。ちょっとした遠出ができる。
「出かける?」
元太郎が提案すると、果里奈は目を瞠って驚いた。
「毎日その中にいてもつまんないでしょ」
「だけど」
「段ボールごと車に積めば、誰にも見られない」
すると果里奈は、遠くをみるような目になった。
「どこへ行くの?」
「海なんか、どう?」
「海」
「そう。今日は天気がいいからさ。気持ちいいと思うんだ」
果里奈は段ボールの塀越しに、窓の向こうの空に目をやった。
「水着がないわ」
「泳がなくたっていいじゃない。風に当たってさ。気分転換になるよ」
果里奈は黙ったまま、元太郎を見つめた。
行きたくないって言うんだろうか。
元太郎は不安になった。怪獣なんかと海に行ったって、人間の女はおもしろくないかもしれない。
いや、そもそも恵比寿怪獣である自分と行くというのが、つまらないのかもしれない。
「匿ってもらってるのに、なんか、悪いな」
「俺が見たいんだよ、海」
「じゃ、行く」
果里奈が笑顔になった瞬間、元太郎の胸の奥に、ふわっとあたたかいものが生まれた。熱いものじゃない。あたたかくて懐かしいような、そんな何か。
「よし、行こう」
元太郎は段ボールを持ち上げた。
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