第16話

 日々の色合いが変わった。

 家の中に、小さな段ボール箱ひとつが加わっただけだ。それなのに、世界が輝いて見える。

 襲撃を受けてから四日。香里奈がやって来てから四日たった。


 果里奈は小さな段ボール箱の中での暮らしが慣れてきたようだった。元太郎が置いた細々こまごましたものを自分なりうまく配置して、暮らしやすい空間を作り上げている。

 

 元太郎のことも、名前で呼ぶようになった。

 不思議なもので、どんなにまわりがうるさくても、元太郎には果里奈の声が聞こえる。シャカシャカと鋏を動かしているときでも、ちゃんと聞こえる。


 今日も時間どおりに店を開けて、いつもの掃除を始めた。

 掃除は元太郎がすると決まっている。

 箒でゴミを通りに吐き出していると、パタパタと慌ただしい足音が響いてきた。

 腰をあげて顔を向けると、商店街で電気屋をやっている恵比寿怪獣のあきらさんが駆けてくる。


「オヤジさんは?」

 

 店に飛び込んでくるなり晃さんは叫んだ。尋常じゃない慌てようだ。

「奥にいるけど?」

 晃さんは元太郎に断りもなく、奥の部屋へ向かっていく。

「ち、ちょっと晃さん」

 驚いて箒を置いたとき、父親がドアを開けて出てきた。危うくぶつかりそうになって、

「うわ!」

と、二人同時に叫ぶ。


 見てられない。


「なんかあったんですか」

 晃さんが、目を剥いた。

「あったなんてもんじゃない。このゴジラを襲撃してきたやつがわかったんだ!」

「だ、誰だったんだ!」

 父親が晃さんの胸元を掴んだ。

「なんだよ、オヤジさん、離してくれ!」

 それでも興奮した父親は、手を離さない。

 

 やれやれ。

 

 元太郎は、父親の腕を引っ張った。

「で、誰だとわかったんですか」

 ハアハアと、晃さんは喘ぐ。

「人間のとある組織だって噂が流れてたが、違ったんだよ」

「でも、襲ってきたのは確かに人間たちですよ」

「襲ったのは人間だよ。だがな、後ろで操ってるやつがいたんだ」

「誰だ!」

 父親が叫ぶ。

 

 晃さんが、咳払いしてから、ぐっと顔を近づけてきた。

「宇宙党の奴らですよ」


「え!?」


 宇宙党というのは、怪獣の町で少数派ながら、ここ最近勢いを増している政党だ。現市長は多数派の政党、星群党だが、次の選挙では負けるかもしれないと噂されている。


「なんで宇宙党のやつらが、ゴジラを狙うんです?」

 荒唐無稽な話に思えた。宇宙党が党員を増やすために、過激な活動をしているのは知っている。選挙カーで集団で現れ、星群党の選挙ポスターを剥がしたり、候補者を突き上げたり。


 だが、そんな事件と、このバーバー・ゴジラには限りなく遠い。地味な商店街で、親子で細々と続けている床屋に、政治も思想も関係ないはずだ。


 晃さんに、ぐっと睨まれた。


「おまえ、この前、ヒゲノカズラで店員と悶着を起こしただろ?」

 ヒゲノカズラは商店街にあるカラオケ店だ。人間の町にまで進出している一大チェーン店で、この商店街にも最近開店した。

 元太郎は歌が好きだ。カラオケには頻繁に行く。それも、一人で。恵比寿怪獣には、あんまり歌のうまいのがいないが、元太郎は例外だ。


「悶着って、機械がうまく操作できなかったから、文句を言っただけだよ」

 ヒゲノカズラには、最新のカラオケ機が置いてあった。使い方がわからなかったのではなく、機械そのものが故障していたのだ。

 歌い始めてすぐに音が出なくなったから、自分であれこれ試して、それで駄目だったから店員を呼んだ。

 ところがやって来た野蛮怪獣のカブトムシみたいな若い怪獣が、

「壊されちゃって損害だなあ」

と言ったのだ。

 頭に来て、ふざけんなと返した。当然だ。

 そしたら、さすがは野蛮怪獣。腕を振り回して殴り掛かってきた。

 だから、ひょいと店員の尖った爪を避けた。そしたら、店員がふらついて機械の角で腰を打った。甲羅で覆われた腰が、ぺこんと凹んだ。


 結局は、ほかの店員が来て事は収まった。

 あのことが、なんで?


「おまえが悶着起こした店員な、宇宙党のやつだったんだよ」

「だから、仕返しに襲撃したっていうのかよ?」

 有り得ない。

「あいつらはめちゃくちゃなんだよ!」

 晃さんは憤慨した。




 

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