第15話

 商店街の端っこにあるのは、ブランコが一つだけの小さな公園だ。

 ひまわり公園。昼間、赤ちゃんを連れた母親たちがたむろしているのを見た覚えがある。


 砂場の向こうに公衆トイレがある。怪獣用だから果里奈には使えない。その脇の茂みに、壊れて捨てられた傘を見つけて、囲いを作ってやった。

 

 窮屈な思いをしながらブランコに乗り、しばらく揺らしていると、果里奈が戻ってきた。

「どうもありがとう。ほんとに助かったわ」

 果里奈はさっぱりした表情で元太郎を見上げた。

「いつもここへ来るわけにはいかないから、家の外に作ってあげるよ」

 ブランコに揺られながら考えていたのだ。家の裏の通路に、小さな花壇を作る。その中に囲いを作ってやればいいんじゃないか。まわりに花を植えれば誰も怪しまないし、そもそも通路に花壇ができたって気にする者はいやしないだろう。


「家に戻ったらシャワーを浴びるでしょ」

「うれしい。今日は走ってばかりいたからものすごく汗をかいちゃった」

 ブランコから降りて、元太郎は先に歩いた。果里奈に合わせて、そろそろとゆっくり進む。

 不思議な気分だった。見慣れた町を歩いているだけなのに、後ろに果里奈がいると思うと、風景が違って見える。いつもはおもしろくない「寄ってってね♡」とある居酒屋の看板も、今夜は楽し気に見える。


 家に戻り、シャワーの準備をした。店に置いてある植木鉢のところから、ジョーロを持ってくる。観葉植物用の小さなジョーロだ。

 風呂場のタオル掛けのフックに、ジョーロをかけた。シャワーヘッドをジョーロの中へ入れる。

 これで、蛇口をひねれば、お湯はジョーロ越しに出てくる。ちょろちょろと、果里奈にはちょうどいい量になるはずだ。

 

 タオルは、ハンカチを半分に切って用意した。ボディソープやシャンプーは、スプーンに入れてタイルの床に置いた。

 下着の替えはどうするんだろう。

 訊くのははばかられた。持っているはずはないから、明日、またホームセンターに行き、人形用を買ってきてやろう。

 

 今夜、下着を用意するのは無理だが、パジャマならなんとかなる。元太郎は店からタオルを持ってきた。床屋だから、タオルは山のようにある。

 一枚のタオルを半分に切り、それを折って、折り目のところに穴を開ければどうだ? 穴から顔を出せば、着られないことはないだろう。

 鋏で穴を開けていると、かすかだが、水の流れる音がした。


 よかった。ちゃんと使えてるんだな。

 役に立っていることが無性に嬉しい。


 そのとき、バタンと音がした。


「なんだ、まだ起きてるのか」

 父親だった。トイレに起きたのだろう。

 慌てて膝の上のタオルを隠した。

「早く寝ろ」

 子どもの頃から変わらない物言いだ。大人の男に言うセリフじゃない。普段ならむっとして返事もしないが、今夜は、

「ごめん、起こしちゃったかな」

と、愛想を振りまく。


「うん?」

 父親の眠そうな目が、わずかに見開かれる。

「何?」

「水の音がするぞ」

「あっ」

「風呂場だな。出しっぱなしか?」

 風呂場へ向かおうとする父親の腕を掴んだ。

「な、なんだ」

 父親が怪訝な顔で振り向く。


「俺が止めてくるよ。俺が閉め忘れたんだと思う」

 元太郎は必死になった。今行かれては、果里奈が見つかってしまう。

「ちゃんとやっとけよ」

 眠そうな声で父親は言い、踵を返した。



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