第14話
父親の視線は、テーブルの上に散らかっている三種類の弁当で留まっている。
元太郎は慌てて弁当を集めた。
「いろんな味を楽しみたくてさ」
「だからって、こんなに買ったのか?」
「好きなのを食べてよ。皿によそうよ」
何か言いたげに弁当を見つめていた父親だったが、鮭弁当の残りを指差した。
「これでも食うかな」
鮭は三分の一がなくなっている。
「それにしても、おまえ、とっちらかして食ったな」
「食べてないよ」
しまった。正直に答えてしまった。
「食べてない?」
「い、いや。食べたんだけど、食べてないような気がするってことだよ」
不審げな目で見つめられて、元太郎は慌てて、
「お茶、淹れるよ」
と、キッチンに立った。
もし、酔っていなかったらもっと追及されたに違いないが、父親は食事の途中で、
「もう眠い」
と言って部屋に引っ込んでしまった。家に人間の女がいるとは夢にも思わず、人間の女と分けた弁当をほとんど残して。
父親に正直に答えてしまったとおり、元太郎は腹が減っていた。いつもなら、三個の弁当などあっという間にたいらげてしまうのだが、今は食欲より勝ることがある。
二階へ上がって、果里奈の様子を見に行った。
表面上はいつもと変わりのない部屋。だが、ここには今、果里奈がいる。
段ボールの箱の中を覗くと、ママゴト皿はきちんと積み上げられ、その横に神妙な顔つきで果里奈は座っていた。
「お腹、いっぱいになった?」
「ありがとう」
「ベッドは明日作るから、今夜は布団だけで我慢してね」
申し訳なさそうに、左右に首を振る。
「何?」
「こんなにしてもらって、なんだか悪いから」
「いいよ。乗りかかった船」
すると、果里奈は立ち上がって、段ボールの端を掴んだ。そうすると、ぐっと距離が近くなる。
きれいな目なんだな。
果里奈の目は若干茶色がかって、好物の紅茶味のグミに似ている。唇はぽったりとして、薄紅色をしたプリンみたいだ。そんなのがあるとしたらだけど。
人間の女は、みんなこうなんだろうか。
元太郎は人間の女にこんなに近づいたのは初めてだ。
「わがまま言って悪いんだけど、もう一つお願いがあるの」
元太郎は頷いた。
「あの――言いにくいんだけど、トイレに行きたいの……」
「あっ」
顔が赤くなった果里奈を見て、こちらまで赤面しそうだった。
「ごめん、ごめん。全然気がつかなくて」
「外に出られれば、適当に陰を見つけて用を足すから」
「そういうわけにはいかないよ」
といって、どうしたらいいのかわからなかった。怪獣のトイレでは大きすぎる。
いい方法は思いつかなった。やはり、今夜のところは、外に出てもらうしかない。
といって、外のどこで?
ふと、子どもの頃、学校で出かけたキャンプを思い出した。テントを張ったキャンプ場にはトイレがあったが、トレッキング先では、草の中で用を足した。
公園へ行けばいいかもしれない。
思い切って、公園ではどうかと提案すると、果里奈も賛成した。喜んで段ボールの壁を這い上がる。
階段をつけてやらなきゃな。
元太郎が掌を差し出すと、果里奈は遠慮なく掴まってきた。
生きていくために必要なのは、食べ物だけじゃない。横になる場所も必要だし、トイレやシャワーもなくてはならないものだ。それは人間だって同じ。
元太郎は果里奈とともに、そっと部屋を出た。
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