第8話

「ゴミを捨てるのに何時間かかってんだ」

 店に戻った途端、父親に嫌味を言われる。無視して通り過ぎる。

「なんだ? 捨ててないのか?」

「使うんだよ」

「ガラクタを増やすな」

「わかってるよ」

 以前、集めたフィギアのことを言っているのだ。一時期、子どもの頃に集めたお菓子のおまけのアニメキャラクターのフィギアが懐かしくて本棚の一部を空にして並べた。かなり、父親には不評だった。それで小さな箱に入れて隠しておいた。

 だが、今回はフィギアなんかじゃない。本物の人間の女なのだ。しかも、女のことを考えると、このぐらいの大きさはどうしても必要だ。

 

 どこに置くべきか。店の上、二階と三階は住まいになっている。元太郎の部屋は三階の東側。両親の部屋は西側だ。四階は、ベランダと物置小屋がある。物置小屋には、使わなくなった家具や父親の趣味道具が置かれている。父親は盆栽が趣味で、そのための鋏やジョーロなどを置いているのだ。

 この大きさの箱が置けるとなると、屋上の物置小屋がいいが、自分の部屋でなければ安心できない。


 ベッドの下だな。

 元太郎のベッドは脚の長いから、箱を切って高さを低くすれば入るだろう。

 部屋に上がり、箱を置いた。慌てたからドンと乱暴に下ろしてしまった。

「きゃっ」

と、小さな叫び声が聞こえた。

「ごめん、ごめん」

 段ボールを開けて中を覗き込むと、転がった女が起き上がろうとしているところだった。


「ちょっと高さの調節をするからさ」

 元太郎は机の抽斗からカッターを取り出して、箱に当てた。

 じょりじょり切り始める。紙屑が落ちた。

「どいてて。かかっちゃうよ」

 素直に女は端へ避けた。

「何をしてるの」

 女が訊く。

「ここに隠れてもらうしかないんだよ」

 不満げな表情になったが、仕方ないと理解したんだろう。縦に二十センチほど切り、折り目をつけた。これならベッドの下に入る。


「ごつごつして歩きにくいわ」

「え?」

「床」

「床って」

 段ボールの底の部分のことらしい。

「じゃあさ、こうすればいいよね」

 切った段ボールを、底に敷いた。

「まだごつごつしてる」

「そんなこと言われたって」

 元太郎は部屋の中を見回した。段ボールの底に敷く何か適当なものはないだろうか。

 窓辺に、バスタオルが部屋干ししてあった。タオルを取って畳み、段ボールの底に敷く。

「これならいいでしょ」

 女は上手にタオルに飛び乗って、

「ふかふかして気持ちいいわね」

と、にっこりと笑った。

 

 こんなふうに笑うんだ。

 といって、特別変わった笑い方をしたわけじゃない。ちょっと肩をすくめて、くすぐったいみたいに笑っただけだ。

 かわいい。

 元太郎はボーッとしてしまった。

「ねえ」

はっとする。

「なに?」

「ベッドやテーブルもいる」

「そうだ、そうだよな」

 慌てて応えたとき、階下から父親の怒鳴り声が響いた。

「おい、何やってる。お客さんだぞ!」


 店に出て、仕事をした。

 今日のお客さんは、小学生の男の子、星也。蟻に似た見た目をしている。常連さんだ。このあたりでは賢いと評判の子で、商店街の中にある将棋教室に通っている。

 仕上げに近づいたとき、星也が読んでいたゲームの攻略本から顔を上げた。

「右の耳のところも切ってよ」

「へっ?」

「そこだけ長いの変じゃん」

「あ、ごめん」

 段ボールに入れる家具のことで頭がいっぱいだった。元太郎は女のためのベッドやテーブルを手作りしようと思っていた。小さな木の端材で事足りるだろう。百均で買ってくればいい。

 ペンキも塗ってやろう。女の部屋なのだ。ピンクとか赤がいいんだろうか。

 窓も必要だと思った。段ボールだから密封性はないだろうけれど、やっぱり窓は、いる。

 大体、部屋というものにいちばん必要なのは、窓だと元太郎は思う。朝、起きて、窓を開けて、空を見るのがとても大切なことだと元太郎は思っている。


「ねえってば」

 星也が、星也は眼鏡の奥から覗き込むように見る。

「なんか、考え事?」

 生意気なガキだ。

「なんでもねえよ」

 鋏を握り直した。




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